伝習録 巻下

(H23年・1月〜6月)
     

今回から、伝習録巻下に移る。伝習録巻下は王陽明の思想が完成された時のものであるので、王陽明の思想を知るには、最適のものである。49歳で致良知説を発表し、51歳で父王華の死で喪に服するために帰郷して56歳で「思恩、田州の乱」平定のため出征するまでの休職の期間の問答を弟子により記されたものである。早速、本文に入ろうと思う。

陳九川が質問した。「近年になって、私はいたずらに博く知識を求める学問を厭うようになりましたので、常に静座して、心の中に沸き起こる念慮を屏息させるように努力をしておりますが、それができな いばかりか念慮は益々激しく起こってきます。どうしてでしょうか。」と。それに答えて陽明は「念如何ぞ息むべけん。只だ是れ正ならんことを要す。」(念慮というものをどうしてなくすことができようか。只、それを正しくすることが大切なのだ。)と答えた。念慮を無くすことはできないが、念慮を正すことはできると述べているのである。それに対して九川は「当(まさ)に自ら念無き時有るべきや否や。」(念慮が自然となくなるときがあるのでしょうか。)と、また尋ねた。それに対して陽明は「実に念無き時無し。」(実際には念慮が無い「無念無想」の時は無い。)と答えると、また、九川が「此(かく)の如くんば卻って如何ぞ静と言うや。」(それではなぜ静ということを言うのでしょうか。)と尋ねた。私も毎日瞑想をしているが無念無想になるというときは、ほんの一瞬を除いて無いように思う(そう思うのも念慮の働きなのかもしれないが)。常に念慮が存在しているようにも思う。それに答えて陽明は「静は未だ嘗て動ならずんばあらず。動は未だ嘗て静ならずんばあらず。戒謹恐懼は即ち是れ念なり。何ぞ動静を分たん。」(静も全然動かないのではなく、動も全然静かでないのではない。たとえば、中庸にあるように「見ないことに戒慎し、聞かないことに恐懼する」とある戒慎恐懼もやはり念慮なのである。だからどうして動静の区別をすることができよう。)と述べた。更に九川は「周子は何を以て之を定むるに中正仁義を以てし、而して静を主とすると言うや。」(それでは、周濂渓は何故心を安定させるには中正仁義を以てし、静を主とすべきだと言ったのでしょうか。)と尋ねた。王陽明はそれに答えて「無欲なる故に静なり、と。是れ静にも亦定まり、動にも亦定まるの定の字にして、其の本体を主とするなり。戒懼の念は、是れ活?地なり。此れは是れ天機の息まざる処にして、所謂維れ天の命、於(ああ)穆として已まざるものなり。一たび息めば便ち是れ死す。本体の念に非ずんば即ち是れ私念なり。」(周濂渓は無欲だから静であると言っているのである。ここでいう定の字は、程明道の言う「静にも定まり、動にも定まる」の定の字の意味であって、心の本体を主としたものである。普通の定や静とは意味が違うのである。さて、戒慎恐懼の念は、生命の元気躍動である。これは宇宙生命の動いてやまないところであって、所謂、「これ天の命は静かにしてやまない」の語によって、表されるものである。もし、一たび、やめば、それは死である。もし、これが心の本体の念慮でない場合は、私念であるので問題外である。)と述べている。宇宙の生命はすべて活動してやむことが無い、表面静かにしているように見えても中は躍動している。だから、それに即して念慮もやむということは無いのである。それは、心の本体が活動しているのであって、それを自覚することが重要である。もし、私意や私念が先行するようであれば、それを正して、心の本体に戻り、心の本体の活動に即して、行動していかねばならない。所謂、致良知である。このようにどんなときにも念慮が働いているということは生きている証である。だから、念慮を否定するのではなく、それを受け止めて、天地自然の道理に即して、正しく対処していくことが必要である。というように解釈できようか。
人間誰しもが生きている中で何も問題が無いという時は無いように思う。もし、何も問題が無いという人がいるならば、それは世の中を放棄している人か、死んでいる人であろう。問題があれば、念慮が働く。だから、念慮がないという時は無いのである。それは静時であっても、動時であっても変わらない。こうして、講義の内容について考えている時も、また一服しているときも頭の中、心の中に色々な念慮が蠢いている。確かに念慮があるというのは生きている証である。

次に移る。九川がまた質問した。「静坐して功を用うれば、頗る此の心収斂するを覚ゆるも、事に遇えば又断たれて、旋(たちま)ち箇の念頭を起こし、事上に去いて省察す。事過ぐれば又旧功を尋(つ)ぐ。還って内外有りて、打して一片と作(な)らざるを覚ゆ。」(静坐をして修行に努めておりますと、自分の心が大分落ち着き、引き締まってくるように思われますが、途中で他事に出会うとまた中断して、すぐ別の考えが起こり、その事に向かって省察しようとします。そして、事が過ぎてしまうと、また以前の静坐の修行を続けることになります。これから考えると、どうも心には内外二面があって、一つのものとは為し得ないように思いますが、如何でしょうか。)王陽明はそれに答えて述べた。「此れ格物の説の未だ透らざればなり。心何ぞ嘗て内外有らんや。即ち惟濬(いしゅん)の今此に在って講論するが如き、又豈に一心の内に在って照管する有らんや。這の講説を聴く時の専ら敬しむは、即ち是れ静坐の時の心なり。功夫一貫す。何ぞ更に念頭を起こすを須(もち)いん。人は須く事上に在って磨錬し、功夫を做すべく、乃(すなわ)ち益有り。若し只だ静を好まば、事に遇いて便ち乱れ、終に長進無く、那の静時の功夫も亦差(たが)わん。収斂に似て実は放溺なり。」(これは格物の説がまだ充分に徹底されていないから、そんなことを考えるのであって、心にどうして内外の別があろうか。たとえば、今、貴方がここで論議しているときに、他に一心が内部にあって、事理をよく照管することがどうしてあるだろうか。この講義を慎み深く聴いている心は、そのまま静坐しているときの心に他ならず、修行はその何れにも通じる一貫したものであって、どうして更に別の考えを起こす必要があろう。だから、須く人は事の上にあって錬磨、修行すべきであり、そうすれば効果がある。しかし、ただ無事の静であることだけを好むなら、事に出会った時には心が乱れて、そのため大きな進歩はなく、そればかりか、静かなときにした修行さえも乱れてくる。だから、静時の修行は、心を落ち着け、引き締めるように見えて、実は反対に放漫にし、堕落させるものである。)何か事が起こるとその事に捉われてしまって、物事がうまく進まなくなるということはよくあることである。九川は、静坐をしていても始めは心を安定させることができるが、外で何か事が起こるとそれに捉われてしまって、そちらに気がいってしまうので、心は内外二面で成り立っているのではないかと陽明に質問するのである。陽明は心に内外の別があるのではなく、九川の修行の仕方に問題があると述べているのである。その要点は、静坐というものは、静かなところで行うものだという先入観に捉われているから、外部にそれを遮るような事が起きると、気がそちらにいってしまうので中断するということになってしまうのであって、外部に何が起こっても平然として静坐を続けることができるという本当の修行を行わなければならないといっているのである。つまり、動のときも静のときも常時修行ができることが大切であるということである。常在静坐である。そのためには「事上磨錬」が必要であるということである。今、自分が直面している課題に対して、それを克服するために心身を鍛錬し、磨くのが本当の修行であり、それを実行することによって、動時であっても、静時であっても、物事に動じることのない自分自身が形成されていくことになるということである。そうすれば、静坐をしていても外部の物事に捉われることがなくなるので、心が分裂するということもなくなる(常に心の本体を自覚できる)ということになろう。
その後、九川は南昌で于中や国裳と功夫の内外有無論をした際に、彼らが言った「物は自ら内外有り。但だ内外並びに功夫を着すを要す。間(へだて)有らしむ可からざるのみ。」(物には当然内外があるものである。しかし内外共に並行して修行すべきで、その間に間隔があってはならない。)ということについて、陽明に質問した。陽明はそれに答えて「功夫は本体を離れず。本体は原内外無し。只だ後来功夫を做す的(もの)の内外を分かてるが為に、其の本体を失えり。如今(いま)正に功夫を講明するを要して、内外有るを要せざるは、乃ち是れ本体功夫なり。」(修行は本体を離れてはならない。本体には本来内外はないのである。ただ、近来修行に志す者が、内外を分けるようになったので、その本体を見失ってしまったに過ぎない。それ故、今は正に修行の本質を究明すべきであって、内外を問題にしないことこそが、本体と修行なのである。)と述べている。本体を離れて修行するということは、内外を二つに分けて修行することになるので、心が分裂し、乱れて本来の修行をすることはできない。だから、修行は本体を離れてはならない。心の本体を自覚することが修行であり、修行によってしか心の本体は自覚できないのである。つまり、本体即功夫であるということである。本日の日経新聞に菅首相が「首相という仕事は修行している身だという認識でやらなければならない。」と、述べていたが、政治家の特に首相の修行は国の本体(国体)を自覚し、民衆に明らかにするためにあるのであるから、党内抗争や外部の批判に捉われずに胆識を以て実行してもらいたいものである。

次に移る。庚辰(こうしん・かのえたつ・1520年)の年、九川は虔州に出かけて、再び陽明にまみえて、質問した。「近来の功夫、稍(やや)頭脳を知るが若(ごと)しと雖も、然れども箇の穏当快楽の処を尋ね難し。」(近頃、修行において、やや根本のところがわかってきたように思われますが、しかし、まだ穏当快楽の境地を尋ね求めることは困難です。)と。それに答えて陽明は「爾は卻って心上に去いて箇の天理を尋ぬ。此れ正に所謂理障なり。此の間に箇の訣竅有り。」(貴方はともすると心中に天理を求めようとしていないか。これこそが、正に理の妨げというものである。ここに最大の急所があるのである。)と答えた。そして、九川がそれはどういうものかを尋ねると、陽明はただ知を致すことであるという。さらに、どう致せばいいのでしょうか九川が問うと、陽明は次のように述べた。「爾の那の一点の良知は、是れ爾の自家の準則なり。爾の意念の着く処、他(かれ)は是は便ち是と知り、非は便ち非と知り、更に他を一些も瞞(あざむ)きを得ず。爾只だ他を欺くを要せず、実実落落に、他に依って做し去けば、善は便ち存し、悪は便ち去らん。他の這の裏(うち)何等の穏当快楽ぞや。此れ便ち是れ格物の真訣にして、致知の実功なり。若し這の些かの真機に靠(よ)らずんば、如何にして去いて格物せん。我亦近年体貼し出だし来ること此くの如く分明なり。初めは猶お只だ他に依らば、恐らくは足らざるところ有らんと疑えるも、精細に看れば些少の欠闕(けんけつ)無し。」(貴方が持っている、かの一点の良知こそが、あなた自身の真の準則になるものである。貴方の意念が何事かに及んだ場合、それが是であれば是、非であれば非ととして、それ(良知)は明確に判断し、これを少しも欺くことがない。だから、貴方もこの良知を欺くようなことはしないで、実実落落とこの良知の命ずるままに行っていけば、自然善は残り、悪は去るのである。だから、この良知の中にあるということは、なんと穏当快楽な境地ではあるまいか。これこそが格物の急所であり、致知の実践的修行である。もしこの真機である良知に頼ることをしないなら、どうして格物を行うことができようか。このことは、自分が最近体験して明瞭にしたことである。最初のうちは、良知だけに頼るのでは、不十分ではあるまいかと疑いをもったのであるが、精細に観察してみて、少しの欠陥もないことを確信したのである。)この問答は、王陽明が「致良知」を悔悟した直後の問答であるようである。九川は心の中に良知とは別体として天理が存在していると考えているのである。だから、なかなか、悟るという境地(天理を自覚するという境地)にまでなれないと思っているのである。それに対して、陽明は、良知は天理を創造し、発現させる働きを持っているのであるから、天理が良知と別々に存在しているのではなくて、本体即作用の関係で実際はひとつのものであると述べているのである。良知=天理であるということである。だから、それ(良知)は明確に是非、善悪を判断し、その判断には寸分の間違いもないのであると述べているのである。だから、九川が求める穏当快楽の境地(天理を自覚する境地)になるためには、ただただ、自分の良知を発揮させることであると諭しているのである。
さて、何回も「致良知」、良知を発揮するという言葉が出てきているわけであるが、もちろん、道義心、良心を発揮させる、善行を施すということであるが、具体的にどうすれば良いかということについては、多忙な毎日の中でなかなか見出せないでいるというのが現実ではなかろうか。もちろん、常にそういこうとを意識して行動するということから始めるということが必要であるが、もう少し、積極的に進める方法はないものかと考えたときに、前にも何回か話したことがある「陰隲録」(隲の字が違うが)の中にある「功過格」を適用、実践することがいいのではないかということに気付いたのである。「功過格」とは「功格」つまり善行、「過格」つまり悪行のことであるが、それぞれの実例をあげて、毎日○と●で評価して、書き残して、○をとる目標値を決めて(例えば年間500とか)実践していくということである(もちろん●よりも○を多くとることが前提である)。「善行録」でも「修身録」でも著者である袁了凡のいう「治心録」でもよいが、そういう記録簿を用意して実践していくのである。そうすれば、意識して善行をするということから始めたとしても、それが意識をしなくても恒常的なものになり、良知が磨かれ、良知を常に発揮させることができるようになるということに繋がるのではなかろうかと考えるのである。もっと言えば、そうすることによって、袁了凡がいうように命が立てられ、自分の望む人生を生きていくことができるようになるのではなかろうか。また、「積善の家には必ず余慶あり。」というように、子孫、将来世代のためにも役立つことになるようにも思われる。

次に移る。九川は尋ねた。「此の功夫は卻って心上に於ては体験して明白なれども、只だ書を解するに通ぜず。」(この致良知の修行は心については体験によって、よくわかるのですが、書物を理解することには通じないようですが。)と。それに対して陽明は「只だ心を解かんことを要す。心明白なれば、書も自然に融会す。若し心上に通ぜずして、只だ書上の文義に通ぜんことを要めば、卻って、自ら意見を生ぜん。」(ただ、心を理解することが大切である。心が本当に明白になれば、書物の意味も自然と解けてくるものである。もし、心に通じないところがあって、ただ、書物の文章の意味だけに通じようと求めても、正しい解釈ができないで、自分勝手な解釈を生じさせることになる。)と答えた。
書物から得られる知識や情報をそのまま受け入れて、解釈しようとしても、自分勝手な、独善的な解釈にしかならない。そして、それは、多くの間違いに繋がる。自分自身の心、つまり、良知を理解することが、先決であり、それができれば、それを通じて、その知識や情報は自ら正しく解釈することができるようになるということである。いいも悪いも色々な情報が氾濫している現在、良知というフィルターを通して、物事を判断するということが如何に大切なことであるかということは、いうまでもないことである。

次に移る。一人の下級役人が王陽明の学問を久しく聴講したとき「此の学甚だ好し。只だ是れ簿書訟獄繁難にして、学を為すを得ず。」(この学問はとてもすばらしいが、私は書類や帳簿の整理や訴訟や裁判の仕事が大変忙しく繁雑、困難なので、とてもこのような学問をしている暇はありません。)と述べた。それを聞いた陽明は次のように述べた。「我何ぞ
嘗て爾に簿書訟獄を離れて、懸空に去いて講学せよと教えんや。爾既に官司の事有れば、便ち官司の事上より学を為せ。纔(わずか)に是れ真の格物なり。」(私はこれまで貴方の仕事である書類帳簿の整理や訴訟裁判の事務を離れて、ただ抽象的に学問をせよとは言っていない。貴方はすでに官司という仕事をしているのであるから、その仕事の上に立って学問をしていけばよいのだ。これこそが本当の格物である。)と。「事上より学を為せ。」と言っている。実生活に結びつかない学問は、学問とはいえないと述べているのである。続けて陽明は、「一詞訟を問うが如き、其の応対の無状なるに因り、箇の怒心を起こす可からず、他(かれ)の言語の円転なるに因り、箇の喜心を生ず可からず、其の嘱托を悪み、意を加えて之を治む可からず、其の請求に因り、意を屈して之に従う可からず、自己の事務の煩冗なるに因り、意に随って苟且(こうしょ)に之を断ず可からず、旁人の譛毀羅織(しんきらしょく)するに因り、人の意思に隨って之を処す可からず。」(たとえば、一訴訟事件を調査する場合、被告の応対が不届きだからといって、感情的に怒ることがあってはならないし、反対に被告の言葉に如才がなく穏やかだからといって、喜ぶ気持ちになってもいけない。被告に他人から免罪の依頼がきていることを憎んで、特に意地悪くし、重い刑罰をしてはならず、それとは反対に、その要請に耳を傾けて、意見を変え、軽々しく処断をしてはならない。自分の仕事が多すぎるからといって、勝手にいい加減な処置をしてはならず、傍らの者が非難したり、罪に陥れる工作があって、そのため他人の意見に従い被告を処分してはならない。)と述べている。事に際しては、常に中正、中庸な立場で臨まなければならないと述べているのである。それを体験、体認することが本当の学問であり、修行であると言っているように思える。確かに我々の日常には、陽明が述べているようなことが、役人の仕事でなくても常に起こりうるものである。机上の学問では、対人関係の感情の機微まではなかなか捉えることがことができない。やはり場数を踏むことが大切であり、場数を踏むごとにより、それを乗り越えていく「事上磨錬」の修行こそが本当の学問であるように思える。続けて陽明は「這の許多の意思は皆私なり。只だ爾自ら知り、須く精細に省察克治すべく、惟だ此の心に一毫の偏倚有りて、人の是非を枉げんことを恐るるは、這れ便ち是れ格物致知なり。簿書訟獄の間も、実学に非ざる無し。若し事物を離れて学を為さば、卻って是れ空に著くなり。」(これらの公平でない、すべての意思は皆私意、私心にほかならないのである。ただ、これらは貴方自身だけが知っていることであるので、精細に省察して乗り越えていかねばならない。ただ、自分の心がほんの少しでも偏っていると、正しい是非の判断を枉げることになるということを常に恐れることこそが、格物致知である。書類帳簿の整理や訴訟裁判の事務なども、決して実学でないものはない。もし、このような実務を離れて学問をしようとするならば、それは空理空論になる。)王陽明は、実生活、実社会の中で、常に私意を誠実にすることを実践していかねばならない。そうすれば、必然的に道義心が発揮でき、善悪(物事の道理)の判断ができ、是を為し、非を去ることができる。これこそが、実学であり、このことは実務の中でしか学ぶことはできないと述べているように思う。
今、問題になっている冤罪の問題は、先日も大阪で問題になったような警察の取調べの実態などから推察すると、事実を積み重ねることによって、相手を追い込むという手法そのものにあるように思える。事実は証拠として確かに大切なものではあるが、事実を積み重ねても真実にはならない。真実はその人の心の中にあるものであって、それを明らかにすることが必要である。そのためには、取調べを行う人も自分の私意を誠実にして、中正、中庸の立場で臨む必要があろう。確かに時間はかかるであろうが、人を裁くということは、その人の生き死にまで左右してしまう、それほど大変なことである。だから、自分の都合で人を裁いてはいないか。他人からの意見で人を裁いてはいないか。自分の偏見で人を裁いてはいないかと、よく省察すべきである。私意を誠実にして、人を裁くということは、自分自身も裁かれる身となって、人を裁くということになろうか。裁かれる人と相対するということではなくて、裁かれる人と融合していく中でしか真実は明確にならないように思える。

163Pに移る。王陽明は言う。「我輩の致知は、只だ是れ分限の及ぶ所に随う。今日良知見在(げんざい)此くの如くんば、只だ今日の知る所に随って拡充到底し、明日良知又開悟する有れば、便ち明日知る所に従って拡充到底す。此くの如きは方に是れ精一の工夫なり。人の与(ため)に学を論ずるにも、亦須く人の分限の及ぶ所に随うべし。」(私が説く致知は、各人の持つ力の程度に従って、対応していくということである。今日現在良知がこの程度であれば、今日現在理解している分量に応じて、それを拡充し、徹底していき、明日になって、更に良知に悟る所があれば、その理解した分量に応じて、拡充し、徹底していく。このように進めていくのが、惟れ精惟れ一に則った修行である。人に学問の話をする場合でも、相手の力の程度に応じて説くべきで、必要以上に高遠なことを説いてはならない。)と。これは、良知を説くときもそうであろうが、通常の学問についても言えることである。10のことしかわからない人に20、30のこと、ひどければ、100のことを話しても理解しないどころか混乱するだけである。だから、人を教導するときは、時間をかけて、その人のその時の能力に応じて説いていくことが必要である。そうでなければ、わかっていると勝手に思ってしまって、せっかくのその人の優れた能力を引き出すこともできないままに、その人を落ちこぼれにしてしまう可能性が高くなる。人を教導する人の役割は、その人が理解できるように段階的に指導していくことである。そして、そういう中で個々の能力が引き出されていくのである。最近の教育はこの点が大きく抜けているように思える。続ける。「樹に這の些かの萌芽あれば、只だ這の些かの水を把(と)り去いて灌漑し、萌芽再び長ずれば、便ち又水を加うるが如し。拱把より以て合抱に至るまで、灌漑の功は、皆是れ其の分限の及ぶ所に随う。若し些小の萌芽に、一桶の水の在る有りて、尽く傾上せんと要(せ)ば、便ち他(かれ)を浸壊し了わらん。」(それは、例えば、樹木がまだ小さく、わずかな芽しかないのであれば、少量の水をかけてやり、芽が少し成長すれば、それに応じて水を少し多めにかけてやるようなものである。木が更に大きくなり、両手でにぎれる握れるくらいから、両腕で抱えるほどになるまでの水のかけ方は、すべてその程度に適ったようにすべきであって、もしまだ小さな萌芽であるときに、一桶の水を全部頭からかけたならば、木は水浸しになって、すっかり参ってしまうに違いない。)と王陽明は述べている。世の中に存在する植物や動物を育てるのもまさにその通りであって、性急に育てようと無理なことをするときには、必ず、弊害が起きるように思う。現在、多くの家畜に口蹄疫や鳥インフルエンザなどの病気での弊害が起こっているのは、そういうことに起因することがあるように思う。また、自分自身の修行についても自分の成長に応じて、自分のその時の器量に応じて実行しなければ、無理が生じることになり、偏向性の強いものになりかねない。「無理が通れば、道理が引っ込む」のであるから、道理にあった修行をしていくことが大切である。

次に陽明は知行合一の宗旨について述べている。黄以方が知行合一について質問した。王陽明は「此れ須く我が立言の宗旨を識るべし。今人の学問は、只だ知行を分かって両件と作すに因っての故に、一念発動して、是れ不善なりと雖も、然れども卻って未だ曽て行わざれば、便ち去いて禁止せざること有り。」(このことについては、まず、私の主張するところの本旨をよく理解して貰わねばならない。今の人の学問では、大抵、知と行を分けて二つのものとするから、一念が発動した場合にたとえそれが不善であっても、実際の行動上に現さなければ、罪悪ではないとして、あえて、これを禁止しようとしないことがある。)とまず、述べている。現在の学問では、世の中の道理を理解することと、それを実行することとは別であるとして、分けてしまっているので、悪意をもって、道理に反することと知りながら、事に望んでもそれが表面化しなければ罪にはならないというように学習している傾向が強いというようなことを言っているのである。所謂、本音と建前の使い分けである。現在の世の中も規制や規則、法律などの建前を強く全面的に押し出している傾向が強いが、それが行き詰まり、維持できなくなれば変えていかざるを得ないことになる。しかし、世の中の道理(天地自然の道理、人間の道理)は、普遍である。だから、この道理こそが本体であり、本心であり、本音であるということが言える。もちろん、法治国家であるので、法律に従って、行動し、生活することは当然であるが、これは普遍ではないので時代やその時代の支配階級によって変えられていくものである。つまり、法律では正しいことが、人間の道理として、必ず正しいとは限らないのである。逆に人間の道理として正しければ、それは法律を超えたものになるということが言える。たとえば、安政の大獄で時の権力者により、吉田松陰や橋本佐内が、世の中のために、道理を尽くしているのに、処刑されるようなものである。しかし、そのことは、その時の法的判断を乗り越えて、新時代を開くための礎になったのである。王陽明は、建前より本心本音、規制や規則、法律より人間としての道理をその規範として生きることが大切であると述べているようにも思える。そして、そのためには、善を為し、良知を致すことであるとしているのである。
続ける。次に陽明は「我今箇の知行合一を説くは、正に人一念の発動する処は、便ち即ち是れ行えることなるを暁(さと)り、発動する処に不善有れば、就(すなわ)ち這の不善の念を克倒するを要め、須要(かなら)ず徹根徹底し、那の一念の不善をして潜伏して胸中に在らしめず。此は是れ我が立言の宗旨なり。」(私が今この知行合一を主張するのは、このような考え方を否定して、人に一念が発動したときに、それは行ったことであるということをよく理解させ、念慮が動いたときに不善があれば、この不善の念慮を克服させ、必ず徹底的にその不善の念慮が胸中に潜伏して残ることがないようにさせることである。これが私が主張するところの本旨である。)と述べている。知と行は元々不可分なものであるので(朱子学では先知後行と説き、知と行は分離されるとしている)、物事の道理に合わないことをしないためにも常に不善を心中に停滞させてはならないと述べているのである。そのためには、当然、良知を発揮させることが必要になる。東洋大学文学部の吉田公平教授は、このことにについて著書「伝習録」(タチバナ教養文庫)の中で「そもそも人間は、この一瞬という分割不可能な時間に実在する。このことを現在(現実存在)という。つまり、「現在」としての人間の存在様態を知と行に、ましてやそれを先後軽重に分割評価することが不可能であり無意味だというのである。だから、知行合一とは、知と行を別々のものと認識した上で一つに合わせるという意味ではなくして、もともと分割できないという意味である。」と述べている。仕事でも、社会奉仕でも何でも、今という時を、やるべきことに一心不乱に打ち込んでいれば、確かに邪念や邪心が入る隙間もないということは言えるのではなかろうか。そういう状態のときには、頭の働きと体の働きが無意識の内に一体化しているようにも思える。

166Pに移る。門人の中に動作、態度が厳禁過ぎる者がいた。それを見て、王陽明は「人若し矜持すること太(はなは)だ過ぐれば、終に是れ弊あり。」(人がもし身を持するのにあまりにも厳正すぎると、それは結局弊害を生じることになる。)と、述べた。黄以方はそれに対して「身を持するのに厳正すぎるのが、どうして弊害を生じるのでしょうか。」と尋ねた。それに答えて陽明は、「人只だ許多の精神あらんや。若し専ら容貌上に在って功を用いば、則ち中心に於て照管し及ばざる者多し。」(人の精力には限界があり、無限にあるわけではない。もし、専ら容貌の上に力を注ぐと大切な中心のものに注意が及ばぬことになるからである。)と、述べた。また、同座している中にこれとは反対に無作法な者がいた。これを見て、陽明は「如今此の学を講じ、卻って外面に全く検束せざれば、又心と事とを分かって二と為すなり。」(今このような貴重な学問を勉強しているときに、外容を全く引き締めることができないのは、心と体を別のものとして考えているからである。)と述べている。厳正すぎてもいけないし、無作法すぎてもいけない、事に臨むときは、調和が取れていることが大切であるということである。所謂「過不及」である。
論語の先進第十二にこのことについて、次のように述べられている。「子貢問う、師と商は孰(いず)れか賢(まさ)れるか。子曰く、師や過ぎたり、商や及ばず。曰く、然らば則ち師は愈(まさ)れるか。子曰く、過ぎたるは猶お及ばざるが如し。」(弟子の子貢が孔子に「子張と子夏とでは、どちらが優れているでしょうか。」と尋ねた。孔子はそれに答えて「子張はゆきすぎている。子夏はゆきたりない。」と述べた。子貢がそれに対して「それでは子張が勝っているのですか。」と聞くと孔子は「ゆきすぎたのは、ゆきたりないのと同じようなものだ。」と答えた。)つまり、中庸を得ることが大切であるということである。

168Pに移る。黄勉叔が「心に悪念無き時、此の心は空空蕩蕩的なり。知らず、亦た須く箇の善念を存すべきや否や。」(心に悪念が無いときには、この心は全く空虚で何もない状態ですが、そうした場合にも、善念を心に存養するように努力すべきものでしょうか、どうでしょうか。)と尋ねた。陽明はそれに対して「既に悪念を去れば、便ち是れ善念にして、便ち心の本体に復す。譬えば日光の雲来って遮蔽せられ、雲去れば光已に復するが如し。若し悪念去れるに、又箇の善念を存せんと要(せ)ば、即ち是れ日光の中に、一灯を添え燃やすなり。」(すでに悪念がなくなってしまえば、後は善念であって、心の本体に復したのである。例えば、日光(太陽)が雲がきたために蔽われ、その雲が去ってまた元の光にもどったようなものである。もし、悪念が去ってしまったのに、その上善念を存養しようとするなら、日光の中に一灯を添えるようなことで、意味のないことである。)と答えた。
王陽明の思想では、悪念が減れば、その分だけ善念が増えていくということになるので、悪念が心に無い状態は、善念で心が満たされている状態であるので、何も無いという意味での空虚ということは無いのである。もっといえば、悪念が去った空虚な状態は、天理であるところの心の本体にもどった状態であるので、それは、そのまま善(善念)ということがいえるのである。また、ここにも述べてあるが、性善説の立場からみても、元々、心の本体は善であるので、悪念が雲のように、善(心の本体)である太陽を蔽っても、それが去れば、また、元の善の状態にもどるということになる。
最近、根岸博士のノーベル賞受賞により、脚光を浴びてきているのが「人工光合成」の研究である。CO2から自然界にある植物の光合成を利用して、それを人工的に作り出し、CO2から食料や燃料を作り出そうというのである。これができれば、温暖化の象徴のようにいわれているCO2の削減にも繋がるということにもなるし、それが今後、我々人間に役に立つものになるというのである。光合成は元々、植物類が生きていくために必要な反応である。それは、自然界にあるCO2と水を取り組んで、太陽光を媒介として、人間などの地上の生物が生きていくために必要な酸素とブドウ糖を作り出すというものである。そして、これは循環していくのである。このように、植物も我々も、太陽の恵みを基軸として、生きているのである。そういうことからすれば、太陽は、この自然界の循環(天地自然の道理)を作動させるための中枢部であり、本体であるということがいえよう。王陽明は、この太陽を心の本体としているのである。つまり、王陽明は「天地自然の道理の本体である太陽」と同様の「善である心の本体」を基軸として、生活し、行動していくのが、人間としての生きる道(人間の道理)であると述べているのである。

173Pに移る。ある弟子が質問した。「叔孫武叔、仲尼を毀(そし)る、と。大聖人にして如何ぞ猶お毀謗を免れざるや。」(叔孫武叔が孔子を非難した、と論語にありますが、大聖人でありながら、どうして誹謗中傷を免れないのでしょうか。)と。このことについては、論語子張第十九にあるがそれは次のようなものである。
「叔孫武叔、仲尼を毀る。子貢曰く、以て為すこと無かれ。仲尼は毀るべからざるなり。他人の賢者は丘陵なり、猶お踰ゆべきなり。仲尼は日月なり、得て踰ゆること無し。人自ら絶たんと欲すと雖も、其れ何ぞ日月を傷(やぶ)らんや。多(まさ)に其の量を知らざるを見るなり。」(叔孫武叔が孔子のことを悪く言ったので、子貢はいった、「そんなことはおやめなさい。孔子のことは悪くはいえませんよ。他の優れている賢者は丘のようなもので、まだ、乗り越えられますが、孔子は太陽や月のようなもので、越えることなどとてもできません。誰かが、その悪口を言ったりして、自分から拒絶しようと思ったところで、一体、太陽や月にとって何のさわりになりましょうか。その身の程知らずをあらわすことになるだけです。」)孔子を誹謗中傷しても、自分自身が惨めになるだけであると、子貢は言っているのである。
それに答えて王陽明は、「毀謗は外より来る的(もの)なり。聖人と雖も如何ぞ免れん。人は只だ自修を貴ぶ。若し自己にして実実落落に是れ箇の聖賢ならば、縦然(たとい)人都(すべ)て他(かれ)を毀るも、也(また)他を説き著(え)ず。卻って浮雲の日を?(おお)うが若(ごと)し。如何ぞ日の光明を損せん。」(誹謗中傷は外から来るものであるので、聖人であってもどうして免れることができようか。人は外から何と言われようとも自分の修養が第一である。もし、自分が本当に聖賢の実をそなえているならば、例え人がすべて彼を非難したとしても、悪く言い尽くせるものではない。それはちょうど浮雲が太陽を蔽うのと同じ事で、どうして太陽の光を毀損することができようか。)と述べた。誹謗中傷は外部から、その人の内情も内心もわからずにされるものであるから、それをとめることはできない。それをされたからといって、それにとらわれるようでは、聖賢といえない。そういうことにとらわれることなく本当の聖賢としての修養をしていれば、自然と誹謗中傷はなくなるものであるというような意味になろうか。続けて陽明は、「若し自己にして是れ箇の象恭色荘、不堅不介の的ならば、縦然一箇の人の他を説く没(な)きも、他の悪慝は終に須(かなら)ず一日に発露せん。」(その反対に、もし自分が外面だけ丁寧であったり、荘重だったりして、内実は少しも物堅いところのない不徳な人間であったなら、例え、一人も彼を誹謗中傷するものがなくても、彼の悪事は何時か必ず暴露されるに違いないのだ。)と述べた。本当の聖賢の修養をしないで、外面だけ、さも聖賢のように振舞って、中身のない人は、いつか、その実態が暴露されるものであるということである。そして、最後に陽明は「孟子の全きを求むる毀有り、慮らざるの誉有りと説く所以なり。毀誉は外に在る的なれば、安んぞ能く避け得ん。只だ要は自修如何のみ。」(これこそ孟子が「自己の評判の完全ならんことを願って努力しながら、卻って誹謗中傷を招くことがあり、また、別にそんなことを思いもしないのに、予想外の賞賛を博する場合がある。」と言った理由である。このように誹謗と賞賛は、本質とは無関係に、外からくるものであるので避けようが無い。要するに自分の修養如何が問題である。)と述べている。孟子は「虞(はか)らざるの誉れ有り、全きを求むるの毀有り。」と述べて、世間の評判は全くあてにならにものだとしている。国民がその人の評判を聞いて、期待して、国政を任せようとするのであるが、期待通りになるどころか、混乱が続いて、ちゃんと決着できるのか不安になってきている現在の政治の状況などは、正にそのとおりであろう。世間や国民の評判を気にして、それに捉われて、政治をしているようでは、本当に国家や国民にとって必要な政策は実行されないということである。今の政治家は、もっと、自分の中身を磨く必要があるように思われる。

175Pに移る。王汝中と黄省曽が王陽明の近くに座していたとき、陽明に遠慮して扇を使わないでいた。その様子を見て陽明は「貴方たちも遠慮せずに扇を使ったらよいだろう。」というと、省曽が「それは致しかねます。」といった。それに答えて陽明は「聖人の学は、是れ這等の?縛苦楚(こんぱくくそ)の的ならず、是れ道学的模様を妝(よそお)い做さざれ。」(聖人の学問の仕方は、そんなに堅苦しく窮屈なものではない。また、世間の道学者の様子をまねることもないよ。)と述べた。ここには、王陽明の学問の姿勢が見えている。学問をするに際しての外面的な格好よりも、真剣にその学問を求め、極めるという心が大切であるということである。そこで、王汝中が「仲尼の曽点の志を言うを与(ゆる)すの一章を観れば、略見ゆ。」(そのことは、孔子が曽点の志を言ったのに賛成されたという論語の一章をみると、大体わかるように思われます。)と述べた。これについては、ここにも述べられているように、論語の先進第十一にある。孔子の弟子4人に孔子が「貴方たちの真価を知って誰か用いてくれたとしたらどうするか。」とそれぞれの志を質問した。子路は「小さな国が大国の間にはさまり、戦争が起こり飢饉が重なるというような場合、私がそれを治めれば、三年も経ったころには、そこの国民を勇気があって、道をわきまえるようにさせることができます。」と答えた。冉有は「小さい国を私が治めれば、三年も経ったころには、人民を豊かにならせることができます。礼楽のことなどは、君子に頼みます。」と答えた。公西華は「宗廟の勤めや諸侯の会合の時に赤黒い色の礼服を着て、礼式の冠をつけて、些かの助け役になりたいものです。」と答えた。そういう、自分の将来の抱負を述べた3人に対して、曽点は「莫春には春服既に成り、冠者五六人・童子六七人を得て、沂(き)に浴し、舞?(ぶう)に風して、詠じて帰らん。」(春の終わりごろ、春着もすっかり整うと、5,6人の青年と6,7人の少年をともなって、沂水でゆあみをし、雨乞いに舞う台地のあたりで涼みをして、歌いながら帰って参りましょう。)と答えた。それに対して孔子はああと感嘆して「吾れは点に与(くみ)せん。」(私は曽点に賛成するよ。)といわれた。ということから得た王汝中の言葉である。人を教導するということは、そういう風に天地自然の道理に則してするものであるといっているかのようでもある。
王汝中の言葉に陽明は同意して続けて述べた。「此の章を以て之を観るに、聖人は何等の寛洪包含の気象ぞ。且つ師為る者、志を群弟子に問うに、三子は皆整頓して以て対(こた)う。曽点に至っては、飄飄然として那の三子を看て眼に在らず。自ら去いて琴を鼓起し来る。何等の狂態ぞ。志を言うに至るに及んでは、又師の問目に対えず、都て是れ狂言なり。設(も)し伊川に在らば、或いは斥罵し起来せん。聖人乃ち復た他を称許す。何等の気象ぞ。」(この論語の章から考えると孔子は何と寛大で包容的な態度であったことであろう。それに師である人が、大勢の弟子に向かって将来の志望を尋ね、子路、冉有、公西華の三人が、皆姿勢を正して答えているのに対して、曽点だけは、飄飄として無頓着に、前の三人のことなど眼中にない如く、自分で瑟を鳴らしだすとは、何という狂態であろう。その上、志望を述べる段になると、先生の質問の種目には答えないで、すべて常軌を逸した言葉である。もし、これが程伊川であったなら、多分叱り飛ばしたことであろうが、しかし、孔子は却ってまた彼を誉め許しているのである。何という心の広い態度であろう。)と。孔子の弟子をマンツーマンで教導する姿勢をみてとれる。そのためには、寛容、包含の心が大切であると陽明は述べているのである。そして、続けて「聖人の人を教うるは、是れ箇の他を束縛し、通じて一般と做さんとせず。只だ狂者の如きは、便ち狂処より他を成就し、狷者は便ち狷処より他を成就す。人の才気は如何ぞ同じからん。」(このように聖人が人を教える場合は、人を束縛し、型にはめて、皆同じように取り扱うことはしないのである。もし、相手が熱狂者であれば、その熱狂的なところから彼を育てていくし、潔癖な人間であれば、その潔癖なところから彼を完成させていくようにする。人の素質は同じものではないから、同じ方法をとることはできないのである。)人を教えるということは、前述もしたが、それぞれの人格、性格に応じてマンツーマンで行うことが一番大切であるということである。画一的な方式の中で人を育てても、その人がせっかく持っている「いいもの」「長所」を引き出すことはできないということでもある。また、現在の一般的な教育のように、いい学校に入り、いい会社に入ることを一番と考えている教育では、その人の個性を活かして、世の中に貢献していくというような人物を育てることはできないということでもある。いつも申し上げるように、教育は、その教室に多くの子弟がいても常に一対一である。一対一というのは、ある意味、命がけである。このことを教育者や指導者は、忘れてはならないように思う。

177Pに移る。朱本思が尋ねた。「人は虚霊あれば、方に良知有り。草木瓦石の類の如きも、亦良知有りや否や。」(人には虚であり、霊妙な心というものがありますので、良知があるのですが、草木や瓦石の類にも良知はあるのでしょうか。どうでしょうか。)と。それに答えて王陽明はまず、「人の良知は就(すなわ)ち是れ草木瓦石の良知なり。若し草木瓦石にして人の良知に無くんば、以て草木瓦石為(た)る可からず。」(人の良知は草木や瓦石の良知に他ならない。もし、草木や瓦石に人の良知が無いとしたら、草木や瓦石であることはできないのである。)と述べている。続けて「豈に惟(ただ)に草木瓦石のみ然りと為さんや。天地も人の良知無くんば、亦天地為る可からず。蓋し天地万物は、人と原是れ一体にして、その発竅の最も精なる処は、是れ人心一点の零明なり。」(単に草木や瓦石ばかりがそうであるだけではなく、天地も人の良知がなければ、やはり天地であることはできないのである。それは天地万物が、人と本来一体のものであるからである。この一体であるものの感官として、最も精妙なところが、人の心の一点の霊妙なところである。)と述べている。草木や瓦石だけが、良知を持っているというばかりではなく、天地に存在する万物がすべて良知を持っていると言っているのである。そして、それは、この世の中を一体となって運行させているとも言っているのである。王陽明の説くところの「万物一体の仁」である。さらに続けて陽明は「風雨露雷、日月星辰、禽獣草木、山川土石は、人と原只だ一体なり。故に五穀禽獣の類は、皆以て人を養う可く、薬石の類は、皆以て疾を療す可し。只だ此の一気を同じうするが為の故に能く相通ずるのみ。」(自然界の風、雨、露、雷、太陽や月や星、鳥類や動物、草や木や山や川、土や石にいたるまで、すべて人と一体のものである。だから、五穀や禽獣の類は、皆人の食料となって人を養うことができるし、薬草や鉱物の類は、薬となって人の病気を治療することができるのである。これらは総て一気から成り立っているので、よく互いに通じることができるのである。)と述べている。東洋思想では、「気」というのは、この世の中に存在する最小単位の物であるとされている。つまり、原子のようなものである。そして、その気が生成、凝集されていく過程の中で様々な物(万物)が生み出されるとしているのである。だから、世の中に存在するものは、すべて、この「気」から成り立っているので、万物総てが一気通貫できるということになる。そういうことからして、万物は人の持っている良知を皆持っているということにも繋がる。また、それを基として、気脈を通じて、世の中を運行させることが、天地自然の道理にも無理なく合致することになり、それは、そのまま世の中をいい方向へ導くということにも繋がるということになる。王陽明の説く「万物一体論」については、この「伝習録巻中」にある「顧東橋に答うるの書」にある「抜本塞源論」の中に詳しく述べてあるので、読んでいただきたい(また、この順受の会でも勉強したので、その時、聴講されている方は、再度、その頃の資料をみてもらえればと思う)。また、これについては、時間があれば、最後に再度、お話したいとも思う。

次に移る。王陽明が南鎮(紹興の会稽山)に遊びに行ったとき、同行していた同胞が岩の間に咲いている花の木を指差して質問した。「天下に心外の物無し、と。此の花樹の如きは深山中に在って、自ら開き自ら落つ。我が心に於て亦何ぞ相関せんや。」(天下に心外のものはないと申しますが、この花は深山の中で、自然に咲き、自然に散っていくだけです。してみれば、我々の心と何の関係がありましょうか。)と。それに対して陽明は、「?(なんじ)未だ此の花を看ざる時、此の花は汝の心と同じく寂に帰す。?来たって此の花を看る時、則ち此の花の顔色一時に明白に起こり来る。便ち知る、此の花の?の心の外に在らざるを。」(貴方がまだ、この花を見ない時は、この花は貴方の心と同じに静寂に帰していた。それを今貴方がここへ来て、この花を見たとき、花の色は一時に明るくなってきたのだ。これで、この花が貴方の心の外にあるものでないことが分かるであろう。)と答えた。その花を見ないときも、その花は心に存在しているのであるが、その存在を心に感知しないだけである。その花を見たときに、初めて、その存在を心に感知できるのである。また、その花が自然に開き、自然に散るということを認識しているということ自体がその花が心の中に存在しているということでもある。つまり、心は万物を包含しているのであるが、その物をはっきりと見たときにしか、その物の存在をはっきりと感知できないということである。だから、「天下に心外の物無し」である。
物理学の量子論では、特にミクロの物質(特に電子)は、見ているときは、固体(粒)として、そこに存在するが、見ていないときは波になっていると説く。見てないときは、存在はしているのであるが、はっきりとした形では存在していないということである。それは、ミクロの物質が凝集して作られているマクロな物質でも同じことがいえるとも説いている。例えば、月を見ているときは、月はそこにあるが、月を見ていないときは、月はそこにないということである。
物理学者である佐藤勝彦博士は、「図解・相対性理論と量子論」のなかで、自然現象を観察することについて、次のように述べている。「私たちは、自然現象を観察するときに、それをあるがままに見ようと努めますよね。したがって、観察する人間が観察の対象物に影響を与えないように、静かに注意深く観察するのがよいとされています。これは、観察対象である自然と観察者である人間とをはっきりと区別する考えなんです。(質問者の二元論的な考えというものですよね。という問いに答えて)そうです。二元論は近代科学の根底にある考え方ですが、私たちも普段、あまり疑うことなく、こうした見方をしているんです。ところが量子論によると、ミクロの物質をあるがままに見ることは不可能です。なぜなら、ミクロの物質を観察しようとすると、波から粒へと素早く変身してしまうからです。つまり、ミクロの物質を観察している時、私たちは常に「これは今、私がみているからこうなっているのだ」ということを念頭におかなければいけないのです。これは見られる側の自然と見る側の人間とをセットにして考えるという一元論の立場になります。」と。外面も内面も、表裏も是非も一体として観るということである。この一元論の立場で自然を見るというのが、量子論上の理解であるということであり、それは、つまり東洋思想的立場で自然を見るということでもある。話が少しそれたが、「伝習録」もそうであるが、東洋思想を勉強するときには、この一元論的理解が必要である。
今回の東日本大震災による福島第一原子力発電所の問題にしても、科学者がいくら集まって、経験値から来る客観的な理論を積み重ねても、抜本的な解決策はでてこないように思う。ここでいう量子論的な見解があって初めて、抜本的な解決策に繋がるものがでてくるのではあるまいか。また、初動が大切であるというのは、自然観的直感を発揮できるかどうかにかかっているのではあるまいか。

180Pに移る。黄省曽が尋ねた。「大人は自他の区別を超越して、万物と一体になるものだと先生は言われますが、大学には家に対しては厚くし、国や天下に対しては薄くして、差別を明確にすべきことを説いています。なぜでしょうか。」と。ここにも述べてあるが、本文中の「厚薄を説く」については大学の「其の厚くする所の者薄くして、其の薄くする所の者厚きは、未だ是れ有らざるなり。」の所を指している。全文は次の通りである。
「天子より以て庶人に至るまで、壱に是れ身を修むるを以て本と為す。その本乱れて末治まる者は否(あら)ず。その厚かる所(べ)き者薄くして、その薄かる所(べ)き者厚きは、未だこれ有らざるなり。此れを本を知ると謂い、此れを知の至(きわ)まりと謂うなり。」(天子から庶民に至るまで、どのような身分にある人でも、同じようにみな我が身をよく修めることを根本とする。その根本である我が身をよく修めることがでたらめでありながら、末端の国や天下がよく治まっているというのは、めったにない。自分で力をいれなければならないことを手薄にしながら、手薄でもよいところが立派にできているという例は、まずないものである。このように天下国家を目指しながらも我が身をよく修めることを第一とするのを、真に根本をわきまえたものといい、このように根本を知り抜いてあることを、知識の極みというのである。)と。つまり、儒学の根本理念である「修己治人」のことを述べているのである。つまり、自分が修まらない、自分の家がととのはない人間が、天下国家を治めるようなことなど到底できないということを述べているのである。「修身」、自分を修めるということが根本であるので、そこに厚く力をいれなければならないということでもある。
さて本文に戻ろう。陽明はそれに答えて「惟だ是れ道理に自ら厚薄有るなり。比(たと)へば身は是れ一体なるも、手足を把(と)って頭目を捍(まも)るが如し。豈に是れ偏に手足を薄くせんと要(せ)んや。其の道理合に此くの如くなるべし。」(自然の道理上に於いて、物には厚い薄いがあるものである。例えば、自分の体は一つでありながら、手足を使って頭や目を守るようなものである。これは特に手足を虐待しようとするのではなく自然の道理がそうなっているのである。)と、まず、述べている。体はすべての部位が大切であるが、頭や目に危害が及びそうになると手や足を使ってそれを回避するというように自然の動き、自然の道理の中で、自分が意識しなくても厚薄をつけるものであるということである。続けて「禽獣と草木とは、同じく是れ愛する的なるも、草木を把って去いて、禽獣を養うは又忍び得。人と禽獣とは、同じく是れ愛する的なるも、禽獣を宰して以て親を養うと、祭祀に供し賓客を燕するとは、心又忍び得。至親と路人とは、同じく是れ愛する的なるも、箪食豆羹(たんしとうこう)も、得れば則ち生き、得ざれば則ち死するが如きとき、両つながら全くする能わずんば、寧ろ至親を救いて路人を救わざるも、心又忍び得。這は是れ道理合該(まさ)に此くの如かるべし。」(禽獣と草木とは、どちらも愛すべきものではあるが、草木を持ってきて禽獣を養うことは、平気でできる。人間と禽獣とはどちらも愛すべきものではあるが、禽獣を料理して親に食べさせたり、お祭りに供え、お客をもてなしたりすることは、心に我慢できることである。血縁の濃い人と路傍の人とは、どちらも愛すべきものではあるが、わずかの飯と汁があれば生きていけるが、なければ死ぬという危急な場合には、両方に与えることができなければ、身内のものに与えて救い、路傍の人には与えないことを、心は我慢できるのである。これは皆、自然の道理がこのようになっているからである。)と述べている。万物は一体であるが、物事の厚薄がつくのは天地自然の道理であるので、その進化のために、それは避けられないことであるということである。また、天地自然の道理に則して生きていけば、物事の厚薄は自ら理解されてくるものであるということである。続けよう。「吾が身と至親とに至るに及んでは、更に彼此厚薄を分別するを得ず。蓋し民を仁し物を愛するは、皆此れより出ずるを以てなり。此の処忍ぶ可くんば、更に忍びざる所無し。」(しかし、自分自身と、最も親近なものとなると、両者を区別して厚薄の差を設けることはできない。これは要するに、人を愛し、物を愛する人間の愛情が、総て、ここを元にして出ているからである。この愛情の根源さえ押し曲げて、自己本位のことが平気でできるようであったら、どんな残酷なことでも平気でできるに違いない。)と陽明は述べている。ここにも述べてあるが「民を仁して物を愛す」については、孟子尽心篇上に次のように述べてある。
「孟子曰く、君子の物に於けるや、之を愛すれども仁せず。民に於けるや、之を仁すれども親しまず。親を親しみて民を仁し、民を仁して物を愛す。」(孟子が言われた。「君子は禽獣草木などの物に対しては、妄りに殺したり、伐ったりせず、愛し憐れむ心は持つが、時としては殺したり伐ったりするので仁を施す心は持たない。一般の人民に対しては、もとより仁の心をもつが、相手が他人だから、親族に対するように心から親しむ心は持たない。このように愛と仁と親しむとは根本は同じでも、相手によって違いがあるので、まず、その親族に心から親しみ、その心を推し及ぼして人民に仁を施し、しかる後に物を愛するのが正しいのである。」)と。孟子は、親近の者との心からの親しみを以て、それを人民への仁の施し、物への愛情、慈しみへと繋げ、広めていかねばならない、と言っているのである。そして、陽明は、孟子の言うこの親近の親しみこそが、愛情の根源であるので、これを押し曲げて自己本位のことをしてはならないと言っているのである。
続けて陽明は「大学の所謂厚薄は、是れ良知上の自然の条理にして、踰越す可からず。此れ便ち之を義と謂い、這箇の条理に順う、便ち之を礼と謂い、此の条理を知る、便ち之を智と謂い、是這の条理を終始する、便ち之を信と謂う。」(大学で述べている「厚くしたり薄くする」の差別は、良知に自然に備わっている条理であって、これを乗り越えることは許されない。この条理を義というのである。また、この条理に従って行うことを礼といい、この条理を知ることを智といい、此の条理を貫いてやむことがないのを信というのである。)と述べている。王陽明は、物事の厚薄は、良知を発揮させることによって、自然にその条理が理解でき、それに従って、行動することで明確にすることができるものであると述べているのである。また、そうすることが、天地自然の道理、人間の道理を実践すること(仁義礼智信の実践)にも繋がると述べているのである。

184Pに移る。王陽明は人を鍛錬指導する際には、一言で人を深く感動させることが多かった。「一日王汝止出遊して帰る。先生問うて曰く、遊んで何をか見たる、と。対(こた)えて曰く、満街の人の都て是れ聖人なるを見たり、と。先生曰く、?は満街の人是れ聖人なるを看たるも、満街の人は到(かえ)って?の是れ聖人なるを看たるならん。」(ある日、王汝止が街へ遊びに行って帰ってくると、陽明は汝止に問うて言った。「外で遊んで何を見たか。」汝止がそれに答えて言うには、「町中の人が皆聖人であるのを見ました。」と。それに対して陽明は、「君には町中の人が聖人であると見えたであろうが、町中の人には反対に、貴方が聖人であると見えたであろう。」と述べた。「満街の人は都て是れ聖人」というのは、王陽明の思想そのものである。世の中の人は、すべて、良知をもっているので、総ての人は聖人であるということである。続ける。「又一日董羅石出遊して帰る。先生に見えて曰く、今日一異事を見たり、と。先生曰く何の異ぞ、と。対えて曰く、満街の人の都て是れ聖人なるを見たり、と。先生曰く、此れ亦常事のみ。何ぞ異と為すに足らん、と。蓋し、汝止は圭角未だ融けず。羅石は恍として悟るところ有るを見る。故に問同じくして、答異なる。皆其の言に反して之を進むるなり。」(また、ある日、董羅石が町に遊びに出て、帰ってから、王陽明に見えて言うには、「今日は町でひとつ変わったことを見ました。」と。陽明はそれに対して「どんな変わったことか。」と聞いた。それに答えて羅石は、「町中の人がすべて聖人であるのを見ました。」と述べた。そうすると陽明は、羅石に対して、「それは普通のことだ。どうして変わったこととする値打ちがあろうか。」と述べた。これは、まだ、汝止が修行の初歩を脱しなかったのに比べて、羅石はほのかに悟ったところがあったため、問いは同じでも、答えが違っていたのである。しかし、両人共に、その言った言葉を反省させて、更に進歩を促す意味では変わりはなかった。)汝止は、その頃、この学を初めて、まだ浅かったのに対して、そこまで、理解できたということに対して、「そういう貴方もまた聖人であるので、そういう風に皆から、見られているということを自覚して行動しなさい。」と、陽明は教導しているのである。また、羅石は、この学が幾分か進んで、悟ったところが、既にあったので、「そんなことは当たり前のことである。それ以上に学を進めなさい。」と、陽明は教導しているのである。このように王陽明は学の進み具合によって、人それぞれに対応して鍛錬指導しているのである。「一言の下に人を感ぜしむる」陽明の指導方法は、所謂、禅機にとんだもののように思える。また、銭徳洪、黄正之、張叔謙、王汝中で嘉靖5年に、進士の試験を北京で受けて帰って来てから、王陽明にその報告をするときに述べた。「途中学を講ぜしに、信ずるもの有り、信ぜざるもの有り、と。先生曰く、?們(なんじら)一箇(ひとり)の聖人を拏(とら)え去き、人の与に学を講ず。人は聖人来るを見て、都て怕れ走れり。如何ぞ講じ行かん。須く箇の愚夫愚婦と做れば、方に人の与に学を講ず可し、と。」(「帰る途中で先生の学説の講義をして参りましたが、信用するものもあれば、信用しないものもありました。」と報告すると、陽明はそれに対して「貴方たちは、自分を聖人のようにして、人に学問の講義をするから、人は聖人が来たと思って、皆、恐れをなして逃げたのである。そういうことでは、どうして講義が成功しようか。反対にもし貴方たちが愚夫愚婦となることができたなら、人に学問の講義ができたはずである。」と述べた。)王陽明は、聖人然として学問をしても、人にはそれぞれ、学識に違いがあるのであるから、分かる人、分からない人がいる。むしろ、学問を講じるときは、一般庶民の目線に合わせて講じるべきであり、そうすれば、皆が理解できると、述べているのである。また、学問とは本来はそういう易簡なものであるとも述べているようにも思える。
また、銭徳洪が次のように述べた。「今日人品の高下を見んことを要むるは、最も易し、と。先生曰く何を以て之を見るや、と。対えて曰く、先生は譬えば泰山の前にあるが如し。仰ぐことを知らざる者有らば、須ず是れ目無き人なり、と。先生曰く、泰山は平地の大なるに如かず。平地に何の見る可きことか有らん、と。先生の一言は、終年の外の為にし高きを好むの病を剪裁剖破(せんさいほうは)す。座に在る者?懼(しょうく)せざるは莫し。」(「今日人品の高下を見ることは、極めて容易なことです。」と。それに対して陽明は「何によってそれを見るのか。」と尋ねた。徳洪はそれに答えて、「先生の偉大さは泰山が目の前にあるようなもので、もし、これを仰ぎ見ることが分からない人間がいたならば、それは必ず目の無い人間に違いないからです。」と述べた。それに対して陽明は、「泰山はしかし平地の広大なのには及ばない。平地に目立つものは何もないではないか。」と述べた。陽明のこの一言は、一生涯自己で修行し、生きることを知らずに、立身出世のみに憧れていた連中の欠陥を、実に根底から切り破ったものであった。同座の者は深い感動を覚えたのである。)徳洪の問いかけに対して、王陽明は、人は、功を成し、名を遂げると自分自身で大きな城を構えたりするものであるが、私は、いっさい、そういうものに興味はないし、注目を浴びる必要もない。ただ、一生涯、ひたすらに自分自身の修行を、修行の徒として生きている限り、続けることのみである。と言っているように思われる。また、そうすることが、周りに大きな影響を与えることであるようにも思える。
3月11日、午後2時46分。宮城県沖でマグネチュード9.0、震度7の地震が起きた。私は、丁度、秋田からの帰りの便に乗り込んで、出発待ちをしていた時であった。飛行機の中にあっても、その地震の大きさは、想像を越えたものであるように思えた。相当な被害が出ているであろう事も直感的にわかった。何とか、飛行機を降りて、そのまま、また、停電で信号機がついてない真っ暗な中を迎えに来てもらって、秋田の南部にある旅館に引き返した。そして、次の日に自家発電のある事務所の中で、インターネットを通してみたのが、現地での、あの惨状である。そして、その中で福島の原発のことも放送されていた。防災服を着た首相や官房長官の顔が何度も映し出されるが、現状についてはなかなか理解でき得る内容ではない。そんな中、首相が福島原発に視察に行くという。私は耳を疑った。こんな混乱を期しているときに、何故いかねばならないのか。首相がいけば、すぐに処置しなければならない初動の作業が遅れるのではないか。こんな時にまで、パフォーマンスをする必要はないであろうと思った。また、自身、東電に乗り込んで、罵声を飛ばすなど、何を勘違いしているのかとも思う。こんなときに注目を浴びることなど、何の必要もない。ただただ、事態解決の為に自分の立ち位置にあって、国民のために、指示、指導するのが役目ではないのか。王陽明が生きていたならば、「修行が足りない」と一喝されたに違いない。

187Pに移る。嘉靖6年丁亥(ひのとい)年(1527年)の9月、王陽明は出陣して再び広西省の思州、田州の賊を征伐することになった。その、いざ出発の命令をだそうとしていたとき、徳洪と汝中が学問について論争を始めた。そして、まず、汝中が陽明の教えである四句教を持ち出して言った。「善無く悪無きは是れ心の体、善有り悪有るは是れ意の動、善を知り悪を知るは是れ良知、善を為し悪を去るは是れ格物、と。徳洪曰く、此の意如何、と」(「善も無く、悪も無い、これが心の本体である。善もあり、悪もあるのは意の 動きである。その善を知り、悪を知るのが良知であって、善を行い、悪をさるのが格物である。」と。徳洪はそれに対して「その意味を貴方はどう思うのか。」と質問した。四句教という王陽明の代表的な教えに対する問答がこれから始まる。これを天泉証道問答という。銭徳洪も王汝中(王龍渓)も陽明の高弟である。それに答えて汝中は述べた。「此れ恐らくは未だ是れ究境の話頭ならず。若し心の体は是れ善無く悪無しと説かば、意も亦是れ善無く悪無きの意にして、知も亦是れ善無く悪無きの知、物も是れ善無く悪無きの物ならん。若し意に善悪有りと説かば、畢竟心の体にも還(ま)た善悪の在る有らん、と。それに対して徳洪曰く、心の体は是れ天命の性にして、原是れ善無く悪無き的なり。但だ人は習心有りて、意念上に善悪の在る有るを見る。格、致、誠、正、修は、此れ正に是れ那の性の体に復するの功夫なり。若し原善悪無くんば、功夫も亦説くを消(もち)いざらん、と。」(「これはまだ究極のところを言った言葉ではないと私は思う。それは、もし、心の本体を善も無く悪も無いものというなら、同様に意も善も無く悪もないものであり、知も善も無く悪も無いもの、物も善も無く悪も無い物でなければならない。もし逆に意には善悪があるというなら、結局、意の根源である心にも善悪がなければならないではないか。」と。それに対して徳洪は述べた。「心の本体は天の賦命した性であるから、本来善も無く悪も無いものであるはずである。しかし、人間には後天的な経験に由来する習心というものがあるから、心の動きである意念には善悪が存在することはあるのである。そこで大学に説く修行として、格物、致知、誠意、正心、修身があるわけで、これらは正にかの性の本体に復帰する修行に他ならない。もし、意念に本来善悪がないなら、これらの修行を説く必要はないのである。」と。)王汝中は、究極のことを言えば、心の本体に善悪が無いのであれば、意にも知(良知)にも物にも善悪が無いということが言えるのではないかと述べているのである。それに対して銭徳洪は、人間には後天的に色々なことに出会い、失敗したり、成功したりするので、そういう体験の中で意の中に善悪は生ずるものである。だから、大学に格物、致知、誠意、正心、修身の修行をするように説いているのであり、そうでなければ、そういう修行を説く必要がないではないか。と述べているのである。汝中は、誰でも直接スッと心の本体に入れるものであるとしているのに対して、徳洪は、心の本体に入るには、修行を積まなくてはならないとしているのである。そして、二人は天泉橋というところまで行って、王陽明に見えて、侍坐して、自分のそれぞれの意見を述べて、批評を請うた。陽明は言った。「我今将に行かんとす。将に?們(なんじら)の来たって此の意を講破せんことを要む。二君の見は、正に好く相資けて用を為す。各々一辺を執る可からず。我の這裏(ここ)に人に接するに、原此の二種有り。利根の人は、直ちに本源上より悟入す。人心の本体は、原是れ明瑩(めいえい)にして滞ること無き的、原是れ箇の未発の中なり。利根の人は、本体は即ち是れ功夫なるを、一悟して、人己内外、一斉に倶に透了す。其の次は習心の在る有りて、本体蔽を受くるを免れず。故に且(しばら)く意念上に在って、実落に善を為し悪を去らしむ。功夫熟して後、渣滓(さし)の去り尽くる時、本体も亦明尽す。汝中の見は、是れ彼の這裏に利根の人に接する的にして、徳洪の見は、是れ我の這裏に其の次の為に、法を立つる的なり。二君相取って用を為さば、則ち中人上下は皆引いて道に入らしむ可し。若し各々一辺を執らば、眼前に便ち人を失うこと有らん。便ち道体に於いて各々未だ尽くさざる有るなり、と。」(「私がいよいよ戦地に出かけようとしているこの千載一遇の最後の機会に、貴方たちはどうかこの私の四句教の意味を充分に研究して、明白にしておいてほしい。貴方たち二人の意見は、相助け合って初めて役に立つのであって、それぞれが一方の考えだけに固執してはいけない。そもそも、私たちがこの世の中で接する人には元来二種類がある。その第一は特別に素質のよい人で、この人たちは、何の妨げも無く直接に根本のところに悟入していくことができるのである。人の心の本体は元々明澄で少しの垢やカスも含んでいない。それは未発の中である。素質のよい人は、その心の本体がそのまま修行であることを一挙に悟ることができ、そして極めて容易に人と我、内と外とが、一斉に理解され、透徹して余すところがないのである。第二の段階の人は、経験にもとずく習心があって、心の本体に多少の蔽いがあるのを免れない人である。この蔽いがあるから、暫時は意念について実際に善を為し悪を去るように努めさせなければならない。この修行が実を結んで、心の不純物がなくなってしまえば、心の本体はすっかり明澄になるのである。汝中、貴方の意見は、我々の接する素質のよい人間に対するものであり、徳洪の意見は、我々の接する第二次の人物の為に立てた教育法に他ならない。だから、両君がお互いに意見を採り合って使うなら、普通の人、以上の者も以下の者も皆正道に引き入れることができよう。しかし、もし、貴方たち、それぞれが一方に固執していると、すぐにも目の前の人を誤ることになり、道体についてもそれぞれが充分明らかにし得ないことになろう。」と。)王陽明は、二人の意見はどちらとも間違いはないが、汝中の意見は世の中でも優れたよい素質を持った人(聖人や賢人)のためのものであり、徳洪の意見は一般の人(凡人)のためのものであるといっているのである。そして、だから、一方に偏ってはならず、お互いの意見を相補い合っていけば、世の中の人を全般的に本来の正道に導いていくことができると述べているのである。
しばらくして陽明は続けて述べた。「既にして曰く、已後朋友と学を講ずるとき、切に我の宗旨を失う可からず。善無く悪無きは是れ心の体、善有り悪有るは是れ意の動、善を知り悪を知るは是れ良知、善を為し悪を去るは是れ格物。只だ我が這の話頭に依り、人に随って指点すれば、自ら病痛没し。此は原是れ徹上徹下の功夫なり。利根の人は世に亦遇い難し。本体功夫の一悟て尽く透るは、此れ顔子、明道も敢えて承当せざる所なり。豈に軽易に人に望む可けんや。人は習心有れば、他をして良知上に在って実に善を為し悪を去るの功夫を用いしめずして、只だ去いて懸空に箇の本体を想わしめば、一切の事為は、倶に実に着かずして、一箇の虚寂を養成するに過ぎず。此箇の病痛は是れ小小ならず。早く説破せざる可からず、と。是の日徳洪、汝中倶に省(さと)る有り。」(「今後諸君が学友同士で研学する場合には、どうか私の考えの本旨を誤らないようにして欲しい。善無く悪の無いのが心の本体、善有り悪有るのは意の動き、善を知り悪を知るのは良知、善を為し悪を去るのは格物。この私の言葉を本にして、人物に応じて教えていったなら、必然的に弊害はないと思う。これは本来、上下を問わず、一般に通じる修行である。しかし、生来特別良い素質を持った人は容易にこの世で会えるものではなく、本体、修行ともに、一挙に悟って徹底するというようなことは、顔回や程明道ですら敢えて自ら当たらなかったことで、軽々に人に期待できるものではない。一般の人には皆習心があるから、これらの人に対しては、良知について善を為し、悪を去る修行をさせないで、只、観念的に本体を空想させるだけであったなら、彼らの一切の行動はすべて着実にならず、一人の虚無寂莫な無為な人間を養成するに過ぎないことになろう。この弊害は決して小さいことではないので、両君は早く充分に話し合って明らかにしなければならない。」と。この陽明先生の話について徳洪も汝中もこの日大いに悟るところがあった。)陽明は、特別のよい素質をもった人間は、この世の中にそういるものではなく、あの孔子の高弟顔回でも、あの宋代の程子(程
明道)でもそういう人物には当たらないといっていることもあるので、めったにいるものでもない。ほとんどの人が習心を持っているものである。そういう人たちに徒に観念的に心の本体を分からせようとして、分かるものではない。だから、良知上にあって、善を為し、悪を去るという修行をさせることが必至である。四句教はそのことを述べているのであると言っているのである。確かに、世の中には悟ったようなことを言っている人は多くいるが、本当に悟っている人は数少ないように思う。また、何かの拍子で一瞬悟ることはある(或いは、悟ったように思うことはある)が、それを継続させることは難しいものでもある。このように人間なかなか悟れないというのが、現実である。だから、毎日毎日が修行なのである。
3月11日の大震災を契機として(もちろん、大震災が起きなくても大変革は必要であったのであるが)、日本はその構造を大きく変えざるを得なくなった。そういう意味では、これから、精神的な、経済的な大変な修行が始まることになるように思える。それは、被災された方々に限らずである。この何年間かは、精神的にタフな人間にならなければ、生きていけないかもしれない。また、そういう人物がリーダーシップをとっていかなければ、改革は実現できないようにも思える。改革実現のためには、様々な課題を適宜に判断し、為すものと為さざるものとを英断し、即座に実行に移さなければならない。それはそのまま、ここで王陽明が述べている修行をすることであるように思える。天地自然の中にある様々な事象を検証し、それに対応できる必要な物事を取り出し、その一つ一つを充分に理解し、いいものを適宜判断し、実施していく、そういう大局観をもって改革を推進していく必要があるように思う。それにしても、今回の大震災では、天地自然の道理が人間の道理と繋がっているということをはっきりと実感した。天地自然の働きは、人間社会の変革を早くスピード観を以て進めるよう促しているようである。このことを契機にこれからの人間社会構築の為に大きく変革していかなければ、わが国は、いや、わが国だけでなく全世界が生き残れなくなっていくように思える。将に知行合一を実践する時なのである。

192Pに移る。王陽明は述べた。「先儒は格物を解して、天下の物に格(いた)ると為す。天下の物如何ぞ格らん。且つ謂う、一草一木も亦皆理有り、と。今如何ぞ去き格らん。縦い草木に格り来たるも、如何ぞ反り来たって自家の意を誠にせん。我は格を解いて正すの字義と作し、物を事の字義と作す。大学の所謂身とは、即ち耳・目・口・鼻・四肢是なり。身を修めんと欲するは、便ち是れ目礼に非ざれば視ること勿く、耳礼に非ざれば聴くこと勿く、口礼に非ざれば言うこと勿く、四肢礼に非ざれば動くこと勿きを要むるなり。這箇の身を修めんと要むるも、身上に如何ぞ功夫を用いん。」(先儒(程子や朱子)は、大学の格物の意味を解釈するのに「天下の物に至る」ことだとしているが、天下の無限に存在するものにどうして至り尽くすことができようか。また、一本の草、一本の木にもみな理があるというが、その一つ一つにどうして至ることができようか。例え、それらの草木に至り得たとしても、それがどうして、こちらに反映して、自己の意を誠にすることになるのだろうか。それ故に私は先儒の説とは別に、格を正すの字義に解釈して、物を事の字義に解釈したのである。なぜそうでならないかを説明すると、大学の身を修めるの身とは、耳目口鼻四肢のことであり、身を修めるとは、目は礼によらなければ視ず、耳は礼によらなければ聴かず、口は礼によらなければ言わず、四肢は礼によらなければ動かないということである。こうしたわが身を修めるには身体上にどんな修行をしたらよいであろうか。おそらく、その方法はあるまい。)と。程子や朱子は、格物を「物に至る」と解いて、物を客観的に論じて、物を解釈し、理解しようとするが、それでその物を本当に理解したといえるのであろうか。しかもこの世の中には物は無限にあるのである。それは、全く不可能なことである。また、物に至ることができたとしても、それでどうして、自分自身の意を誠にすることに繋がるのであろうか。だから、私は、格物を「事を正す」(物事の不正をただして正に帰着させる)と解釈するのである。そうすれば、その物や事に即して、その物や事と同一目線に立てるので、その物や事の天地自然の道理に即した法則を理解し、その物や事の正不正を判断することができるようになると思うからである。物や事に対して、いくら理論付け、理屈付けをしても本当のその物や事は解釈できないし、理解できないということを王陽明は述べているのである。そして、そのためにはということで、耳目口鼻四肢が礼によらなければ、真の活動がなされないというところから、修行法について次から述べていくのである。
「心は身の主宰なり。目は視ると雖も、視る所以の者は心なり。耳は聴くと雖も、聴く所以の者は心なり。口と四肢とは言動すと雖も、言動する所以の者は心なり。故に身を修めんと欲すれば、自家の心の体を体当して、常に廓然大公にして、些子の正しからざる処有ること無からしむるに在り。主宰一たび正しければ、則ち竅(きょう)を目に発して、自ら非礼の視無く、竅を耳に発して、自ら非礼の聴無く、竅を口と四肢に発して、自ら非礼の言動無し。此は便ち是れ身を修むるはその心を正すに在るなり。」(方法はないようであるがしかし、この身を主宰しているのは心である。目は物を視るのであるが、視るようにさせているものは、心である。耳は音を聴くけれども、聴くようにさせているのは心である。口や四肢は言動するが、言動させているものは心に他ならない。それ故、身を修めようとすれば、自己の心の本体を体認して、常に廓然大公な状態にして、少しも不正不純なところがないようにする以外にはないのである。この身を主宰する心がもし正しければ、それが目に現われるときは、自然に非礼な視がなくなり、耳に現われるときは、自然に非礼な聴がなくなり、口や四肢に現われるときは、自然に非礼の言動がなくなるのである。これが身を修めるのは、その心を正すところにあるという意味である。)と次に述べている。王陽明は、耳目口鼻四肢を礼にしたがって、活動させるためには、身体の主宰である心を常に不正不純のない廓然大公で明朗開豁な状態にしておかなければならないとしているのである。また、大学に「心焉(ここ)に在らざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず、食らえどもその味を知らず、此れを身を脩むるはその心を正すに在り、と謂う。」とあるが、これは、そのことを謂っているのであるとも述べているのである。修行の要は心にあるということである。続けて「然れども至善は心の本体なり。心の本体は那んぞ不善有らん。如今心を正さんことを要むれは、本体上何処にか功を用いん。必ず心の発動の処に就いて、纔に力を著く可きなり。心の発動は不善無き能わず。故に須く此の処に就いて力を著くべし。便ち是れ意を誠にするに在るなり。」(しかしながら、至善が心の本体であるから、心の本体に不善があるはずはない。それ故に今心を正そうとしても、至善である心の本体のどこに修行の施しようがあろうか。してみれば、必然的に、心が動いた場合についてのみ、やっと修行の力を用いる余地があるのである。何となれば、心が発動するときには、不善がないわけにはいかないので、そこに力を用いなければならないからである。これが心を正すには、意を誠にすることであるという意味である。)と述べている。心が発動するということは、意(私意)が発動するというとであり、その時に、善悪が現われる(四句教にいう、「善有り悪有るが意の動」)。だから、意を誠にするための修行が必要になると陽明は述べているのである。意を誠にするについては、大学に次のように述べてある。「所謂その意を誠にするとは、自ら欺く母きなり。悪臭を悪むが如く、好色を好むが如くする、此れを自ら謙(こころよく)すと謂う。故に君子はその独を慎むなり。」(意を誠実にするというのは、自分で自分をごまかさないことである。たとえば、誰もがくさい臭いを嫌うように悪いことは素直に悪いこととして追放し、美しい色を愛するように善いことは素直に善いこととして追求する。そのようにすることが、我とわが心を満ち足りたものとすることになる。そこで君子は必ず自分自身を慎んで修めるのである。)と。次に陽明は「如(も)し一念善を好む上に発すれば、便ち実実落落に去いて善を好み、一念悪を悪む上に発すれば、便ち実実落落に去いて悪を悪む。意の発する処既に誠ならざる無ければ、則ち其の本体如何ぞ正しからざる的あらん。故に其の心を正さんと欲すれば意を誠にするに在り。功夫は意を誠にするに到って初めて着落の処有り。然れども意を誠にするの本は、又知を致すに在るなり。」(意を誠にするとは、もし、一念が善を好むことに発したなら、本当に進んで善を好むようにし、一念が悪を憎むことに発したなら、真に進んで悪を憎むようにすることである。意の発したものがそのまま事実となって、誠でないことがないなら、本体である心がどうして正しくないことがあろう。だから、心を正そうとするなら、意を誠にすることが大切なのである。このように修行は意を誠にするに至って、始めて、実際に落ち着く場所を得られるのである。しかし、意を誠にするの本は、また、知を致すことにあるのである。)と述べている。王陽明は、意を誠にするということは、善を推奨し、悪を排除していくということであり、そして、修行は、この意を誠にするということで一つの着地点をみることができると言っているのである。また、王陽明はこの「誠意」(意を誠にする)ということを修行の中心と考える大学の旧本(原本)に従って、論を進めているのである。そして、次に知を致すことについて述べるのである。「所謂人知らずと雖も己独り知る所、とは、此は正に是れ吾が心の良知の処なり。然れども善を知るも、卻って這箇の良知に依って便ち做し去かず、不善を知るも、卻って這箇の良知に依って便ち去き做さざることあらずんば、則ち這箇の良知は便ち遮蔽せられて、是れ知を致す能わざるなり。吾が心の良知、既に拡充して底に到る能わずんば、則ち善は好むことを知ると雖も、着実に好む能わず、悪を悪むことを知ると雖も、着実に悪む能わずんば、如何ぞ意の誠なるを得ん。故に知を致すは意の誠なるの本なり。」(大学の慎独を朱子が解釈して言った「他人は知らないが自分一人知っているところ」とは、正にわが心の良知のことを言っているのである。良知とは、純粋に明白に知るということであるが、しかし、善であると知りながら、この良知に従ってなそうとせず、不善と知りながら、この良知に従って止めようとしないなら、この良知は他のものに妨げられているわけで、そのために知を致すことができないのである。わが心の良知をもし、拡充し徹底的に発現することができないなら、善は好ましいものと知りながらも、実際には好むことができず、悪は憎むべきであることを知りながら、実際には憎むことができなくなってしまう。それでは、どうして意が誠になろう。だから、知を致すことは、意が誠になる根本なのである。)と。陽明は、致知の知を良知と解釈していることは、これまで述べてきた通りであるが、この良知という「内なる神」を充分発揮することができなければ、善を好み、悪を憎むということが徹底できなくなるので、意を誠にすることはできないと言っているのである。続けて陽明は「然れども亦是れ懸空に知を致すにあらず。知を致すは事実上に在って之を正す。意、善を為すに在れば、便ち這の件の事上に就いて去き為し、意悪を去るに在れば、便ち這の件の事上に就いて去き為さず。悪を去るは固より是れ不正を格(ただ)して以て正に帰するなり。善を為せば則ち不善正さる。亦是れ不正を格して以て正に帰するなり。此の如くんば則ち吾が心の良知は、私欲の蔽無く、以て其の極を致すを得、而して意の発する所、善を好み悪を去り、誠ならざること有る無し。意を誠にするの功夫の、実に手を下す処は物(こと)を格すに在るなり。若し此の如くんば、物を格すは人人便ち做し得。人皆以て尭舜たる可しとは、正に此に在るなり、と。」(知を致すことは、しかし、抽象的に知を致すということではなく、実際のことについてただす意味に他ならない。意がもし善を為すことにあったなら、その事について行い、意が悪をなくしたいことにあったなら、その事については行わないことである。悪をなくすことは、勿論、不正なものを正して正に帰着させることであり、善を行えば、不善は正されるのであるから、どちらも不正を正して正に帰着することになる。このように事を行うに、不正を正して正に帰らせしめるのが、格物であって、こうなれば、わが心の良知は私欲に蔽われることなく、完全に奥底まで発現できるし、意の発することも妨げられないで、善を好み悪を憎んで、誠でないことはなくなるのである。して見ると、意を誠にする修行の実際にすることといえば、物を正すことにあることになる。もし、そうであれば、物をただすことは誰でもできることであって、人は誰でも皆尭や舜になれるといわれるのも、ここにその根拠があるのである。)と述べている。陽明は不正を正して正に帰着させるのが格物であると言っているのである。つまり、格物を「事を正す」としているのである。そうすると、致知にも誠意にも繋がっていくともいっているのである。また、不正なことをただして正を実行するということは、どんな人にも可能なことであり、そうであるから「人は皆以て尭舜たる可し」といわれているのであるとも述べているのである。今回の東日本大震災での被災者の方々の相互補助の姿やボランティアの方々の活動、被災現場で命を懸けて働く人たちの勇気ををみていると正に「人は皆以て尭舜たる可し」を実感する。

この章で今回の「伝習録巻下」は最後である。王陽明は言った。「人生の大病は只だ是れ一の傲の字なり。子と為って傲なれば必ず不孝なり。臣と為って傲なれば必ず不忠なり。父と為って傲なれば必ず不慈なり。友と為って傲なれば必ず不信なり。故に象と丹朱とは倶に不肖なるは、亦只だ一の傲の字、便ち此の生を結果すればなり。諸君常に此れを体するを要す。」(人生における最大の病根は傲るの一字に尽きる。子となって心おごれば必ず親に対して不孝となり、臣下となって心おごれば必ず君主に不忠となり、父となって心おごれば必ず子を慈しまず、友人となって心おごれば必ず友人に不信をおこなうことになるのである。かの舜の弟の象と尭の子の丹朱が不肖であったのも、ただ傲が彼らの一生に結果したのである。諸君はこのことを自分の身に体することが必要である。)と。王陽明は、不孝、不忠、不慈、不信などの世の中を混乱に陥れる行為、悪を増長させる行為は、すべて「傲慢さ」から来るものであると述べているのである。いくら富貴になっても、いくら偉大になっても、いくら有名になっても謙虚さを忘れてはならないということである。ここに舜の弟象と、尭の息子丹朱のことが例にでているが、兄が、父がいくら聖人であっても、その弟や息子が聖人になれるものではなく、その根本原因は「傲慢さ」にあるとも述べているのである。続けて陽明は「人心は本是れ天然の理にして、精精明明、繊介の染著無し。只だ是れ一の無我のみ。胸中切に有る可からず。在れば即ち傲なり。古先聖人の許多の好処も、也(また)只だ是れ無我のみ。無我なれば自ら能く謙なり。謙は衆善の基にして、傲は衆悪の魁なり。」(人心は本来天地自然の理に他ならないので、極めて清く明るく少しの汚染もないものである。それは一つの無我であって、胸中には何もあってはならない。あれば、それが傲りになるのである。古の聖人の多くの善処、長所もまた結局は無我に帰結するだけである。無我であれば自然に謙虚になれるのである。謙虚さはあらゆる善行の根本であるが、傲慢さはあらゆる悪行の始めである。)と述べている。陽明は、人の心は元々天地自然の心であるので、少しの汚染も無いものであり、少しの汚染もない心であれば、それは無我の境地であり、これまでの幾多の聖人すべてが持っている境地そのものであると言っているのである。また、無我であれば自然に謙虚になれる。謙虚さは善を行うための根本であるので、良知を発揮させることにより、悪の魁となる傲慢さを消し去ることが大切であるとも言っているのである。無我の状態というのは、執着心から解き放たれた状態のことを言っているのであるが、仏教でいえば「阿頼耶識」(あらやしき)の段階に入るということである。このことについて、先日、日経新聞の現在毎日掲載の小説「等伯」の中で次のように述べられていた。

「成唯識論(じょうゆいしきろん)という教えがあります。すべての物事は人間の意識によって顕現したという考え方です。」日尭はかんで含めるようにやさしく説いた。人間には眼、耳、鼻、舌、身、意という六つの識があり、それぞれ視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚、知情意をつかさどっている。その先の第七段階にあるのが末那識(まなしき)で、自己という意識を生み出す心の動きのことである。この末那識が他の六識を統合して自分らしい生き方を生み出すわけだが、その一方で自己にこだわる心が執着となって悟りにいたるのを妨げる。それゆえ修行者は、ここを乗り越えて第八段階の阿頼耶識(あらやしき)まで進み執着から離れて真如に至らなければならない。真如とは在るがままの姿、存在の本質としての真理のことだった。

世の中にあるすべての物事は人間が自ら創り出しているものである。つまり、一切の外にある実在、実存する物事は人間の意識によって形成されているものであり、それを統括するのが末那識であるが、これにこだわり過ぎるとそれが執着心となり、悟りに至れない。それを乗り越えた状態、つまり、無我の境地、悟りに至った境地が阿頼耶識であると述べているのである。また阿頼耶識の本性は、迷いによる汚染の無い清浄心であるということがいえる。つまり、これが真如ということになる。これについて、川嶋孝周氏は著書である「易学案内」の中で次のように述べている。
「真実在の世界に自覚も無く真理に反する生き方をすれば、心に浮かべる実在と真実在とが分裂して、常に期待を裏切られる不安苦悩の生き方となります。しかし、自覚して真理に合一した生き方をすれば、安心立命の生き方となります。そのいずれを選択するかは、ひとえに我々の心に係わっているのです。」
無我の境地とは、迷いや執着を去り、真理に即して、真理と合一した生き方をできる境地、つまり、真如である。この真如の状態(つまり無我の境地)であれば、天地自然の道理と一致できることになる。そのためには、王陽明がいうように自覚して真理に合一するために「良知を致す」ということが必要であり、それができれば、安心立命な生き方ができるということである。なかなか、そこまでは、(皆さんはどうかわからないが)凡人である私はいけないが(だから不安苦悩な日々を送っているのであろうが)そうなれるように、「良知を致す」努力を積み重ねていきたいと思う。皆さんもこの「良知を致す」という修行をこの「伝習録」を学んだことを機会に是非一緒になって積み重ねていこうではないか。