【西郷南洲遺訓】

 一〜五六〜十十一〜十五十六〜二十二十一〜二十五二十六〜三十三十一〜三十五、三十六〜四十一  

 
三十六、聖賢に成らんと欲する志無く、古人の事跡を見、迚(とて)も企て及ばぬと云う様なる心ならば、戰に臨みて逃ぐるより猶ほ卑怯なり。朱子も白刃(はくじん)を見て逃る者はどうにもならぬと云われたり。誠意を以て聖賢の書を讀み、其の處分せられたる心を身に體し心に験する修行致さず、唯个様の言个様の事と云ふのみを知りたるとも、何の詮無きもの也。予今日人の論を聞くに、何程尤もに論する共、處分に心行き渡らず、唯口舌の上のみならば、少しも感ずる心之れ無し。眞に其の處分有る人を見れば、實に感じ入る也。聖賢の書を空(むなし)く讀むのみならば、譬へば人の劒術(けんじゅつ)を傍観するも同じにて、少しも自分に得心出来ず。自分に得心出来ずば、萬一立ち合へと申されし時逃るより外有る間敷也。
   
「聖人や賢人になろうと欲する志も無く、古人の行ってきた立派な功績や史実をみて、とても、そういうことを実行できそうに無いというような心であるならば、戦いに臨んで逃げるよりもなお卑怯なことである。朱子も抜かれた刀を見て、逃げるような人はどうにもならないものであるといわれた。誠意をもって、聖人や賢人の書を読んで、さまざまな事象に際して、対処された聖人や賢人の心を自分のものとし、その心を体現する修行を致さずに、ただ、このようなことを言われ、このようなことをされたという表相のことだけを知っても何の意味も無く、役に立たないものである。」
天の道を行う使命をもった人間として、その手本となる功績や業績をもった、昔の聖人や賢人を目指そうとする志の無い者は、戦場において、逃げる者よりも卑怯であるように思う。それは、人間として行うべき道を最初から避けているからである。また、朱子が言われるように、まだ、戦いが、始まってもいないのに、刀を抜かれただけで逃げるのに等しい。そのような心掛けしかない者は、聖人や賢人の教えを自分自身で、体験、体現しようとしないので、上辺だけの解説や議論に終始するのみである。そういうことをどんなに数多くやっていても、何の役にも立たないし、まったく意味の無いことである。と西郷南洲は言っているのである。鹿児島弁に「議をゆな」(文句を言うな)、「あん人は、議ばっかいいう」(あの人は、文句ばかりいう)というような表現がよく出てくる。この文句(議)というのは、自分の利益、不利益だけを考えた、中身の無い話をまくし立てるということである、つまり、自己主張に終始するということである。要するに議を論じることをしないということである。今、テレビをよく見ていると、ワイドショーやトークショー、討論会などでよくこういう場面に出くわす。少し前のことであるが、その当時、よくワイドショーに出ていた著名な写真家と夜、私が激論を交わしたことがあった。「日本人はだめだ」から始まった討論は、結果は出なかったのであるが、約三時間に亘った。何人か、周りにいたが、結構、皆、真剣に聞いていたように思う。もちろん、酔いも回っていたので、尚更、議論に拍車が、かかったのであろう。そのとき、話をしながら、気付いたのであるが、彼は、自分の身の回りだけで体験した事象を捉えて、絶対にそうであるということを前提に議論をしているのである。普通であれば、私は、こういう人とは、議論をしないのであるが、酔いのせいもあり、「日本人のよさ」について、歴史を追いかけながら、とうとうとしゃべっていたのを覚えている。私も大人気ないが、相手はもっと大人気なく「あんた、その時代に生きていたのか」などと突っかかってくる。その時、感じたのは、このような人たちが公共の電波を使って、論議していることが世の中の進化のために何の役に立つのであろうか、ということである。また、こういう番組は、見ている視聴者としても自分の考えをちゃんともってみる必要があるなということである。そういうことを考えるとマスコミやジャーナリズムの世の中に対する影響力の大きさを考えざるを得ない。議の言い合いをするのではなく、議を論ずる番組を制作することが必要であるように思われる。
「私は、今日、人の話を聞くときに、何事についてももっともらしく話をされても、それについて、体験や体現をしようとせず、聖賢の道を行う志がなく、ただ、言葉の上だけで取り繕うのであれば、少しも感心することができない。本当に、それについて、志を持ち、体現しようとしている人を見れば、真から感心することができる。聖賢の書を志もなしにただ上辺だけ読むのであれば、たとえば、剣術を勉強するのに、人の剣術をただ傍らから見ているということと同じであり、自分の身にはつかず、得心はできないものである。身に付かず、得心できなければ、万が一、「立合え」といわれても逃げるより他はないであろう。」
どんなことでももっともらしく話をされても、その人の目指すところの志やこれまでの実績や心構えが浮薄であれば、心に感じるものが無いので、議論することも無く、協力しようとも思わない。話は下手であっても、その人の目指すことへの志が高く、それを成就させるための心構えや訓練ができていれば、そのことについて、議論を尽くして、協力することは惜しまない。剣術についてもそうであるが、型をみて、議論するだけでは、自分の身に付かないし、議論をするにも及ばない。常に、実践を意識する心構えを持ち、訓練して、体験してこそ、身に付くものである。そうでなければ、イザというときに決断や判断ができずに逃げるか、必ず失敗するものである。と、西郷南洲は言っているのである。論語の中に「巧言令色、鮮し仁」(巧みな言葉やきれいに外見を飾ろうとすることには、思いやりや愛情が感じられないものである)という言葉があるが、この「巧みな言葉使い」をする人は要注意である。サラリーマン社会には、よくあることであるが、真実をはぐらかして、自分の都合のいいように話をする人は多い。また、それを聞く人も、真実を見る目の無い人は、自分に都合がよければ納得してしまう傾向が強い。そして、こういう人たちが、上に立てば、中身が無いので、何事も人任せにして、自分で責任を取らないようにする。しかも、部下の実績は自分の実績であるかのように見せかける。すぐに人を裏切る。そういう人たちとは、議論もできないし、協力もできないということは、西郷南洲ならずともいえることであろう。この人たちは、おそらく、罪の意識はなく、サラリーマン社会では当たり前のことだろうなどと考えている人が多いのが特徴でもある。こういう、信頼に足りない人たちを多く輩出してきたのが、これまでの日本の社会である。前述のように「日本人はだめだ」と言い切る人がいるのも否めない。これからの日本は、いうまでも無く、「立合え」といわれたときに、いつでも「立合える」人間が必要である。


 
三十七、天下後世迄も信仰悦服(しんこうえっぷく)せらるるものは、只是一箇の眞誠也。古へより父の仇を討ちし人、其の麗(か)ず擧(あげ)て數(かぞ)へ難き中に、獨り曽我の兄弟のみ、今に至りて兒童婦女子(じどうふじょし)迄も知らざる者の有らざるは、衆に秀でて、誠の篤(あつ)き故也。誠ならずして世に譽らるるは、僥倖(ぎょうこう)の譽也。誠篤ければ、縦令當時(とうじ)知る人無く共、後世必ず知己有るもの也。
   
「この世の中が続く限り、信仰され、悦服させられるものは、只、ひとつ真の誠実さである。昔から、父親の仇討ちした人の数は、数え切れないほどあるが、その中でただ独り、曾我兄弟のみが、今に至っても、児童から婦女子にいたるまで知らないものが無いのは、他に比べて、真の誠実さが秀でて篤いからである。真の誠実さ無くして、世の中の人に誉められるのは、ただの偶然の幸福に過ぎない。真の誠実さが篤ければ、たとえ、その時代に知る人はいなくても、後世に必ず、その人を理解してくれる人ができるものである。」
この人間社会が続く限り、人の道を尽くすのは人の使命である。そして、その行動の源として、信仰し、喜んで服することのできるものは、至誠の念である。それを代表するのが、曾我兄弟の仇討ちであり、このことは、今日に至るまで、知らない人はないくらい、伝えられてきている。至誠の念なくして、世の中で誉められている事象は、その時代の背景などがあり、その時代、偶然に誉められているのであり、その場限りの事象に過ぎない。至誠の念をもって行動したことは、その時代、理解されなくても、必ず、後世その行動を理解するものが出てきて、その行動を賞賛してくれるものである。だから、何事に対しても、至誠の念をもって応じていくことが大切であり、これこそが人間の進化に最も大切なことである。と西郷南洲は言っているのである。明治6年、あたかも西郷南洲が首謀者のように言われた「征韓論」のゆがめられた史実は、また、その後、明治10年、賊軍として、固唾けられた「西南の役」の史実は、後年、多くの理解者のもとに、真実の究明がなされるようになり、上野に銅像が建立されるに至ったのである。そして、今でも、政治家の鑑、偉人の中の偉人として賞せられているのは、将に、ここでいう至誠の念が成さしめたものであるかのように思われる。南洲は、自分自身でこの言葉を実証したということがいえようか。最近、マスコミで騒がれている事件の中に、絵画の「盗作」の問題があるが、これなども「至誠の念」とは、程遠い事件のように思える。芸術選奨までとった洋画家、和田義彦氏の絵がイタリアの画家、スギ氏のものとほとんど瓜ふたつであったということである。色々な弁明をしているようであるが、比べれば、どこがどう違うのかというくらいそっくりである。違いの弁明に「共同制作」であるとか、「オマージュ(賛美)」であるとかの誠実さをひとつも感じとれないことを言っているようであるが、理由はともあれ、ここは誠実に対応すべきであり、非は非として認めるべきであろう。また、そういう、画家に対して、芸術選奨を与える、選考審査会や文化庁は、どこに目が付いているのであろうか。今の社会が本物を見抜くことのできない社会なのであれば、本物を見極めるための教育や訓練を徹底してやる必要があるのではないだろうか。このことは、日本の芸術や文化に対する、教養の低さを露呈したことにもなろう。いずれにしろ、「至誠の念」なきものへの、賞賛は、早晩、その中身が露呈され、すぐ、消えていくものであるということだけはいえるのではなかろうか。


 
三十八、世人の唱ふる機會とは、僥倖の仕當(しあ)てたるを言ふ。眞の機會は、理を盡して行ひ、勢を審(つまびら)かにして動くと云うに在り。平日國天下を憂ふる誠心厚からずして、只時のはずみに乗じて成し得たる事業は、決して永續(えいぞく)せぬものぞ。
   
「今の世の中の人のいう機会とは、ほとんどが偶然に、たまたま得た幸運のことをさしているようである。しかし、真の機会というものは、道理を尽くして行動し、その時の趨勢を明確に見極めて、行動することにより得たものを言うのである。常日頃、国家天下を憂える至誠の念なくして、只、時のはずみに乗じて、成功した事業は、決して、長続きはしないものである。」
一般にいい機会を得たとか、いいチャンスにめぐり合ったとか言うのは、偶然に得た幸運のことを言っているようであるが、本当にいい機会を得、いいチャンスにめぐり合うためには、常日頃から、人の道、誠の道を尽くすことを基本に行動し、その時代の趨勢や状況を明確に把握して、見極めて行動することが大切である。また、そういう所からのみ真の機会(チャンス)は生まれてくるものである。国や世の中の状況をみて、真にどうすれば、よい国、よい世の中になるであろうかということを考えもしないで、ただ、偶然、時流や時勢に乗じた事業は、そのときはいいが、長続きはしないものである。と、西郷南洲は言っているのである。確かに事業には、その時代の状況に応じてやらねばならないものと、永続的にやらねばならないものとが交錯しているものである。西郷南洲は、時流や時勢に乗ってやる事業を否定しているのではなく、時流に乗っただけの事業は短命に終わるものだということを理解して、過ぎることなく、偏ることなく、バランスをとって、行うべきであるといっているのである。また、長期的、永続的に行う事業は、道理を尽くして、時代の趨勢をよく見極めて、改善、改良をしながら、行っていくことが必要であるともいっているのである。事業を行う要点は、自分のやっている本業をクロスオーバーさせながら、拡大をさせていくことが重要であるということも言っているかのように思える。事業が行き着くところまで行くと「本業回帰」ということがよく言われるが、このことは、重要なように思える。今の時代、何が本業なのかわからない会社が増えてきているが、特に、IT系の会社では、そういうところが多い。どうも、その根底にあるのは、収益のいいビジネスだからとか、いい資産を持っている会社だからだとかの判断のみでM&Aを行っているからであるように思える。その事業の有望性に投資するとか、その事業や人にほれ込んで投資するというのであれば、また、違うのであるが、判断基準を収益や資産のよさだけを考えてグループ化するのであれば、それは、いつしか、離れていくか、だめになるかの道を進むしかないように思える。
いずれにしろ、事業も企業も生き物であるので、そこには、人の心が、必ず、介在するということを忘れてはならない。


 
三十九、今の人、才識あれば事業は心次第に成さるるものと思へ共、才に任せて爲(な)す事は、危くして見て居られぬものぞ。體有りてこそ用は行はるるなり。肥後の長岡先生の如き君子は、今は似たる人をも見ることならぬ様になりたりとて嘆息なされ、古語を書て授けらる。
   夫天下非誠不動。非才不治。誠之至者。其動也速。才之周者。其治也廣。才與誠合。然後事可成。
   
「今の世の中の人は、才能や知識さへあれば、どんな事業も気持ち次第で成功すると思っているようであるが、ただ、才能や知識だけに任せて行うことは、危なっかしくて見ていられないくらいである。しっかりした基盤や体制があってこそ、事業は着実に行われるものである。肥後の国の長岡先生のような立派な人物は、今、似たような人を見ることもできないようになった。と言って、嘆かれて、昔の言葉を書かれて、授けられた。
夫れ天下、誠に非ざれば動かず。才に非ざれば治らず。誠の至る者。其の動くや速く。才の周ねき者。其の治むるや廣し。才と誠と合し。然る後事を成すべし。(世の中の事象は、誠実さがなければ動かすことはできない。才能や見識がなければ治めることはできない。至誠の念を持っている人間は、その動きは早く。才能と見識をあまねく行き渡らせることができる人は、その治めるところも広い。才識と至誠の念が合わさったときに、すべての事象が成就するものである。)」
一般的に才能や見識さへあれば、どんな事業でもなしえるように思えるけれども、事業というものは生き物であり、人の心が存在するので、それだけではできないものである。だから、才識があるからといって事業をやるのは、危険なことである。しっかりした経営基盤ができているのか、経営体制はちゃんとしているのかが一番大切なことであり、それができていれば、その上に自分の才識をプラスして、事業は進められるものである。ここのところを間違ってはいけない。肥後藩の重臣であった長岡監物先生のような、世の中をよくするためには、自分を省みず、東奔西走するような至誠の念を持った人物は、今は見ることもできないが、このような人がいたならどんな事業でも成し得たに違いない。と、西郷南洲は、言っているのである。そして、続けて、昔の言葉を引用して、事業というものは、才識と誠実さが合わさって初めて、成し遂げることができるものであり、どちらか一方が欠けても成し遂げることができないものである。なぜなら、人を動かすのは、誠実さであり、組織を運営するのは、才識であるからである。と、言っている。ここに登場する長岡監物という人は、熊本藩の重臣であり、幕末の勤皇派の重鎮であったようである。西郷も藤田東湖も親しくしていたようである。佐久間象山、吉田松陰が、捕らえられたとき、その助命嘆願に奔走したことでも知られている。明治維新を見ることなく病死している。西郷南洲が言うくらいであるので、たいした人物であったのであろう。このように、この時代は、表には出てこないが、世のために尽力した「無名有力」な人が多くいたのであろう。
事業というものは、確かに才識がなければ、始まらないものである。そして、これまでの歴史を見てみると、才識だけでやっていると、それのある人がいなくなったとき、その事業は衰退していくということが多い。そして、その繰り返しをしているようでもある。資金が充分にあるとか経営基盤がちゃんとできているとかであれば、次の手を打つことができるのであるが、それが無いのであれば、才識だけでやってきた事業は辞めるしかない。そういう意味からしても、事業を成し遂げるためには、そこに集う人たちを事業の進展をさせ、継続させるためにどう動機付けていくかが重要な課題である。当然、報酬の面もあるであろうが、特に気を配らなければならないのは、ひとり、ひとりの人格をよく知ることにあるように思う。人は、企業を辞めるとき、その理由として最も多いのは、金銭的理由よりも人的理由である。表には、出ない場合が多いが、「一身上の都合で」というのは、多くがこの人的理由である。金銭的理由は、すぐ解決できるが、人的理由は、解決することは、非常に難しい。それと、人的理由でやめる人間は、ちゃんと自分の姿勢や意見を持っているので、本当はいてもらった方がいい人間が多いのも特徴である。こういう、やる気のある人間と事業運営をしていくことこそが、事業の進展、継続のためには必要不可欠なことである。だから、事業主は常に誠実に人と対することが、必要になるのである。その原点は「己の欲せざる所、人に施すこと勿れ。」であるように思う。松下幸之助は、よく現場に赴き、町工場の職人にいたるまで、ほとんどの社員の名前を覚えていたと言われるが、こういう誠実さが、事業の進展、継続のためには、必要なのである。


 
四十、翁に從て犬を驅(か)り兎を追ひ、山谷を跋渉して終日獵(か)り暮らし、一田家に投宿し、浴終りて心神いと爽快に見えさせ給ひ、悠然として申されけるは、君子の心は常に斯(かく)の如くにこそ有らんと思ふなりと。
   
「南洲先生に従って、犬を駆けさせて、兎を追い、山や谷を渡り歩いて、終日狩りで過ごしたその後で、ある田家に投宿して、風呂に入って、精神もきわめて爽快にうかがわれるときに、悠然として、言われるには、君子の心は、常にこのような精神を保っているのであろうと思うと。」
自然の中で生活を営み、自然と一緒になって、生活を楽しむ、そして、一日が終われば、風呂に入って、一日の垢をおとし、疲れを癒す、そのあと、ゆったりとした時間を過ごし瞑目する、これが人間の本来の姿であり、そのように常に廓然大公としていられる、この心こそが君子の姿の根幹にあるように思う。と西郷南洲は言っているのである。
シュタイナー哲学の影響を受けている、ドイツの童話作家、ミュハエル・エンデは、その著作「モモ」の中で、何でも「節約」という現代社会の間違った時間の使い方(時間を節約することこそが幸福への道とか、未来があるとか、生活を豊かにするとか)に対して、また、その中で時間に追われて暮らしている現代人について、警告を促がしている。そのようなことが、行き過ぎると、服装はいいし、お金もよけいに稼ぐけれども、ふきげんで、くたびれて、怒りっぽい顔になり、とげとげしい目つきになるといっている。そして、本当は、人間社会が日ごとに画一的になり、冷たくなっていくのを誰も認めようとしない。そして、時間に追われた生活が、いかに生活を貧しくしているかを気付かない人間を増産するとも言っている。そして、それは、当然、殺伐とした社会を形成して行く。また、それはなによりも人間の心の問題であると言っている。確かに、われわれは、この社会生活の中で、常に時間というものに、過敏に反応しているように思える。そういう私も一週間の営業予定が埋まっていない日には、何か予定を入れようとする習慣が残っている。時間を埋めることが、最大の効率を生むという勘違いがあるのであろう。忙しい、忙しいという自分に満足を感じているのかもしれない。でも、よく考えてみると、そういうことより大切なことは、じっくりとちゃんと人の話を集中して聞くということのように思える。過去を見るとその方が、結局、ちゃんとした実績になっているようでもある。
「やがて花の雲は、ゆっくりと空をおり、花々は静止した世界に雪のように舞い降りました。そして、まさしく雪のように、静かに解けて消えました。本当の居場所にかえったのですーーー人間の心の中に。」エンデは、時間に追われる社会が人間にとって当たり前に住み易い社会に変わっていく瞬間をこのように表現している。この情景は、まさしく、南洲のいう君子の心を表しているのではないかと考える。時間というのは、同じ時間でも長く感じることがあったり、逆にものすごく短く感じることがあるように、現実の時間は止められないけれども、心の時間は、自分の心のスタンスさえ、しっかりしていれば、止めることも伸ばすことも短くすることもできるものである。そして、この心の時間こそが、真実の時間ということが言えるのではないだろうか。自分の心を自由自在に操れることが、そのまま、君子の心に繋がるのではないかと考える。


四十一、身を修し己れを正して、君子の體を具ふる共、處分の出来ぬ人ならば、木偶人も同然なり。譬へば數十人の客不意に入り来んに、假令何程饗應したく思ふ共、兼て器具調度の備無ければ、唯心配するのみにて、取(とり)賄(まかな)ふ可き様有間敷ぞ。常に備あれば、幾人なり共、數に應じて賄はるる也。夫れ故平日の用意は肝腎ぞとて、古語を書て賜(たまわ)りき。
   文非鉛槧也。必有處事之才。武非劒楯也。必有料敵之智。才智之所在一焉而已。

   
「自分の身を修めて、自分の心を正しくして、君子の態をそなえても、事に当たって、その事の処理が出来ない人であれば、それは、木作りの人形のようなものであって、なにもできないのと同じである。たとえば、数十人の客が不意に家に来た場合に、仮に何とかして饗応しようと思っても、かねてより、容器や調度品などの饗応する道具の用意ができていなければ、ただ、おろおろと心配するだけで、饗応することが出来ないものである。常に道具の用意ができていれば、何人の客人が来ようとも、その数に応じて饗応は出来るものである。だから、常日頃の用意が何よりも肝腎であるといわれて、古語を書いてくださった。
文は鉛槧に非ざるなり。必ず事に處するの才有り。武は劒楯に非ざるなり。必ず敵を料るの智有り。才智の在る所一つのみ。(学問をするということは文筆の技術のことをいうのではない。必ず、その中に事に対処する才能があるものである。武道をするということは、剣や楯をうまく使う技量を持つということだけではない。必ず、その中に敵を知り、これに対処する知恵があるものである。だから、才能と知恵というものは、同じところに表裏一体をなしてあるものである。)」
君子となる学問に精進して、格好は君子然となったとしても、様々な物事にちゃんと対応できないようでは、何の意味もないことである。君子の学を本当に修めるということは、何事にも対応できることが出来て、初めて成り立つことである。何事にも対応することの出来る人格を作り上げるために必要なことは、何事に対しても備えをしておくということである。また、何事に対してもいかようにでも対応できるように自分の器量を大きくしていくことでもある。たとえば、大人数の不意の来客があったときでも、普通に対応できるように容器や調度品は、自分が考えられる数以上に余裕を持って、準備するほうがいい。そうすれば、少人数であろうが、大人数であろうが如何様にも対応できる。このことが、色々起きる事象に臨機応変に対応するためには、一番大切なことでもある。学問は読み書きの技術を磨くばかりではなく、事に対応する知識を身につけるためにするものであり、武道は剣や楯の技量を磨くばかりではなく、敵に対する戦略を身に付けるためにするものである。つまり、才能と知恵が一体となったときに、大きな力を発揮するものである。この心を持つ者を本当の君子という。と、西郷南洲は言っているのである。
確かに、どんな事でも才能と知恵(そこには、前述のように誠実さが必要である。)がなければ成し遂げられないものである。才能があってもそれを出しうる場所や仕組みがなければ、世の中のために力を充分に発揮することはできない。知恵があって、世の中のために力を発揮できる場所や仕組みがあってもそれを才能を持った人が実行しなければ、その事は成就しない。このことは、事業をやっていく上でも常日頃ぶつかる問題でもある。いくら、いい人材を登用しても、それを教導する仕組みができていなければ、宝の持ち腐れである。いくらいい教育や仕組みがあってもそれをやりこなせる人材がいなければ、その事は、停滞するか、立ち切れてしまう。つまり、才能と知恵とが一体となったとき、壮大なパワーが生まれ、事業は成就することになるのである。たとえば、最近では、事業ではないが、「WBC」のように、才能ある選手陣があって、それを教導する知恵や能力のある、何よりも誠実さを持った王監督が采配を振るった結果、優勝できたというようなことである。「秀吉に竹中半兵衛あり」「家康に天海あり」というように、才覚者と知恵者が一体となってこそ大事は成し遂げられるものである。また、そこには、やはり、変わらぬ信頼関係ということが必要である。才覚者と知恵者がいても双方の信頼関係が作れなければ、事は成就しないのも、また事実である。もうひとついえることは、才覚者がリーダーであり、知恵者がサブリーダーの方がバランスがうまく取れるように思う。もちろん、才能も知恵もある、所謂、君子であれば一人でどんなことでもこなせるのであるが、そのような人は、なかなか、お目にかかれないものでもある。あるいは、両方持っていても、どちらかに比重をかけなければ、事業が大きくなればなるほど、成就できないものでもある。また、大きな事業を成し遂げる人は、もともと両方とも持っているものでもあろう。そして、その時の事象に照らしあわせて、どちらを発揮するべきかを決断できるのでもあろう。俗に言う、器量の大きい人(そのような人のことを君子というのであろうが)というのは、この才能も知恵も双方とも持っている人のことを言うのであろう。坂本竜馬や勝海舟が西郷南洲を評していった「大きくたたけば、大きく鳴り、小さくたたけば、小さく鳴る」という言葉にあるように南洲自身も大器量の持ち主であったことは間違いない。



「西郷南洲遺訓」の前段四十一章を終了した(岩波文庫版 山田済斎編)。まだ、続きの章や言志録の南洲手抄(佐藤一斎の言志四録の中から西郷南洲が抽出して、書き出して、いつも携帯していたといわれる101章の言葉)、などあるので、それはじっくり時間をかけて読んでいただけたらと思う。


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